《若手記者・スタンフォード留学記 1》中国人と一緒に観戦する北京オリンピック

 2007年秋から、米スタンフォード大学大学院で国際政治経済を学ぶ若手記者が、日ごろの経験、会話、読書を通じて感じたことを記していく。

 


北京オリンピックが開幕を迎えた8月8日、中国人の友人が自宅で主催するパーティに誘ってくれた。参加メンバーは、私と妻、4人の中国人、そして、1人の台湾系アメリカ人。おいしい中華料理とアルコールをご馳走になり、一息ついたところで、みんなそろって北京オリンピックの開幕式です。

 

式が始まるやいなや、一人の女の子は絶叫。思わず「昔の日本人は、東京オリンピックを、こんな感じで観戦していたのだろうか」と想像してしまいました。私はあまり開会式に興味がなかったので、延々とワインを飲み続け、一人の中国人と話し込んでいましたが、他のメンバーは皆、テレビの画面に見入っていました。目を輝かせてオリンピックを観戦する中国人の若者たち。彼・彼女らの姿を見ていて、改めて考えさせられたのは、中国の若者世代のナショナリズムについてです。

山本五十六は中国で有名人

私も、平均的な日本人よろしく、留学前は、メディアや日本にいる中国人留学生を通じてしか中国の若者について知りませんでしたが、こちらに来て、インテリ層の若者と触れるチャンスが得られました。

中国人との会話は面白い。もちろん、日本人と聞いただけで、嫌な態度をとる人もいますが、大多数はフレンドリー。概して物言いが率直なので、本音トークがしやすい。その点、アメリカ人とは、相当、仲が良くなれば別だと思いますが、政治・宗教などは、「ポリティカリーインコレクト(政治的に正しくない)」な話題として避けられることが多く、突っ込んだ話はしにくい面があります。

しかし、中国人の若者が日本に好意をもっているわけではまったくないようです。

2005年に行われた中国の若者を対象にした調査では、回答者の半分以上が、日本が「どちらかといえば嫌い」「嫌い」と答えています(出所:Susan L. Shirk, China ? Fragile Superpower [『中国 危うい超大国』スーザンL.シャーク著/徳川家広訳/NHK出版])。ただ、中国の歴史教育事情を知れば、若者の日本嫌いも、「むべなるかな」とうなずけます。

中国の歴史教科書の翻訳を読むと、そこで描かれている日本軍は殺人鬼のようです。中国人の友人いわく「中国の歴史の授業では、まず現代史から教えこまれる」。古代から始まり、現代史に差し掛かるころには、卒業を迎える日本とは大違いです。ちなみに、中国人の間で最も有名な日本人は、「小泉純一郎」、「東条英機」、「山本五十六」の3人だそうです(出所:同上)。

おそらく、日本より中国の若者のほうが、山本五十六をよく知っているのではないだろうか? かように中国では、現代史に高い比重が置かれているようです。

ナショナリズムの強い留学生

これから時が経つにつれ、幼少期のころから豊かな生活を経験し、西洋で教育を受けた人間が、中国社会の中枢を担うようになってくるでしょう。

すでに中国共産党は、多くの欧米留学エリートを抱える組織ですが、胡錦濤の後は、国家主席の座を、文化大革命世代である第5世代の習近平・共産党中央政治局常務委員(国家副主席)が後を次ぐことが有力で、その後、第6世代にバトンが渡される見込みです。第6世代以降では、海外の一流大学を出た人間が、官民を問わず、中国社会の主流を占めていくことになるでしょう。たとえば、近年、スタンフォード大学で学ぶ中国人の大学院生数は上昇を続け、今日では457人に達しています(ちなみに、日本人は68人)。

こうした若者世代は、幼年期から欧米で過ごした人間を除くと、若いころに、日本への敵意、アヘン戦争以来の恥辱の歴史、西洋への反感・コンプレックスを叩き込まれた上で、物心がついてから、海外に留学しています。彼らは、留学生活を通じて先進国の民主主義に魅せられ、将来、中国の民主化を主導する原動力となっていくのでしょうか?

「中国がさらに豊かになって、世代交代が進めば、自然と民主主義に移行していくだろう」。そう予測する楽観主義者はアメリカにも日本にも多いのですが、西洋的な教養を身に着けた彼らが、人権派、民主派として、中国の民主化を推進するというのは、安直な予測かもしれません。

日本人でもそうですが、むしろ、海外生活を経験することで、自分の国を改めて強く意識し、西洋との距離感を見直すことだってある。かつて、夏目漱石も、岸田劉生も、近年では江藤淳も、留学から帰ってきて、むしろ国粋的な色彩を強めました。実際、8月25日号のニューズウィークでは、海亀派(海外留学から中国に戻り活躍する人たち)ほど、西洋社会に敵対的であることを伝えています。

私の経験でも、チベット問題が授業で持ち上がったとき、中国人のクラスメイトが、周りが”引く”ほどの勢いで、西洋の一面的な見方を批判していました。「なんで中国に民主主義が必要なんだ」という疑問の声は、複数の中国人から聞きます。つまり、2年やそこらの留学で、若いときから受けてきた教育の影響が抜け切るとは到底思えないのです。むしろ、30代以上の中国人の方が、天安門事件の記憶も鮮やかで、かつ、江沢民以来の愛国教育に染まっていない分、中国の抱える問題点や民主化の必要性は強く感じているように思えます。

�小平以後の右肩上がりの時代を生きた世代は、民主化の申し子となっていくより、むしろ、西洋のいうことは聞かず、中国型システムに執着し続けるのではないか--どうもそんな気さえします。

そうはいっても、彼らの西洋・日本への意識が、将来、軍事的な衝突につがなるかどうかはまた別の話でしょう。40代の中国人の友人はこんなことを言っていました。「豊かな生活を送ってきた一人っ子世代は、ナショナリズムが強く、強気な態度をみせている。しかし、将来、実際に彼らが戦争を起こしたりするとは思えない。そんな覚悟はない。親もかわいい一人息子を戦地に送りたいわけがないですからね」

佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

 

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