《若手記者・スタンフォード留学記14》ヒロシマ、ナガサキは本当に必要だったのか? 米国で再燃する『原爆』論議


 最近、日本では前航空幕僚長の論文が話題になっているようですが、米国ではここ数年、ヒロシマ、ナガサキの原爆に関する議論が静かに盛り上がっています。

私の過去1年のスタンフォード生活においても、原爆の話は授業で2回取り上げられましたし、原爆がらみのセミナーもしばしば開かれています。さらに、最新号の「フォーリン・アフェアーズ」の書評欄には、原爆関連の本が3冊も紹介されています。

今になって、なぜ改めて、原爆がスポットライトを浴びているのでしょうか?それは、新たな資料や解釈によって、これまでの常識がくつがえされているからです。

日本でもそうですが、アメリカで原爆の話をすると必ず聞かされるのが次の解釈です。

「原爆が落とされていなければ、日本はアメリカに降伏せず、11月1日に予定されていた九州侵攻が実施されていただろう。そうすると、50万人のアメリカ人兵士が命を失い、それ以上の数の日本人が犠牲になっていたはずだ。ヒロシマ、ナガサキの被害者には気の毒だが、より多くの命を救うためにはやむをえない選択だった」

去年、スタンフォードの前歴史学部長であるデヴィット・ケネディー氏が、原爆の倫理的な問題について、授業の中で講義してくれました。何か新しい論点があるかと期待したのですが、その結論は結局、「やっぱり原爆投下はしょうがなかった」という従来の学説で、大半のアメリカ人学生もその話に納得していました。

とまあ、ここまでは良くある話なのです。

ただ、ケネディー氏が「日本人の命も原爆により救われた」という証拠として、元特攻隊員が英語で書いたアメリカ人宛ての手紙をもってきて、「彼は手紙の中で、原爆があったから、彼は戦争に行かなくてよかったと喜んでいる。つまり、日本人は間接的にアメリカ人にお礼を言っているんだよ」と主張したときには、さすがに強く抗議しました。

たった一人の日本人、しかも特攻隊員という特殊な立場にあった人間の手紙で、当時の日本人の感情を代表させようとするのですから、歴史家の仕事としてはあまりに粗雑です。ピューリツアー賞も受賞したほどの超一流の歴史家でさえ、原爆についてはこの程度の認識ですから、いわんや一般のアメリカ人をやです。

しかし、私がここで強調したいことは、アメリカ人の歴史認識ではなく、実は冒頭に挙げた従来の定説自体が揺らいでいるという点です。主に2つの研究が、従来のヒロシマ・ナガサキの解釈に一石を投じています。

原爆がなければ、日本は降伏しなかったのか?

ひとつ目は、スタンフォード大学歴史学部教授のバートン・バーンスタイン氏による研究です。原爆の歴史やアメリカ近代史の権威である氏は、冷戦後新たに公開された資料を元に、次のような主張を展開しました。(出典:『Foreign Affairs』, "The Atomic Bombings Reconsidered, January/February 1995)

1)天皇制を保持するという日本側の降伏の条件を飲めば、原爆を落とさなくても、11月1日の九州侵攻の前に、日本は降伏した確率が極めて高い。

2)当時、陸軍長官の任にあったヘンリー・スティムソン氏の日記によると、アメリカ軍が京都を原爆のターゲットから外したのは、京都の文化遺産を守りたかったからではなく、京都を破壊したら、それを後々まで日本人が恨み、戦後、日本がアメリカよりソ連になびいてしまうかもしれないからだった。

3)アメリカ軍が日本に侵攻していたとしても、その被害は従来言われる50万人という規模ではなく、5万人以下であっただろう。

4)ヒロシマへの原爆については議論があるものの、ナガサキへの原爆はほぼ確実に必要なかった。つまり、ナガサキへの原爆なしでも日本は降伏していた。

2つ目は、カリフォルニア大学サンタバーバーラ校歴史学部教授の長谷川毅氏の研究です。2005年に全米で発売された『RACING THE ENEMY』は、日本でも『暗闘--スターリン、トルーマンと日本降伏』(中央公論新社)というタイトルで出版され、読売・吉野作造賞・司馬遼太郎賞を受賞しましたので、すでに読まれた方も多いかと思います。

長谷川氏は、これまで、日本とアメリカの関係だけから語られてきた原爆論議に、ソ連も加えることにより、以下のような新しい解釈を説得的に示しました(日本語、英語、ロシア語すべてに堪能である長谷川氏であるからこそ、可能であった研究です)。

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