《若手記者・スタンフォード留学記 21》米国の知識層を充実させる知的職業の豊富さ

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 最近、勉強の合間に、よく考えるテーマが一つあります。
 
 それは、「どうすれば日本の言論のレベルが上がるのか」ということです。
 
 アメリカに暮らしていると、本でも雑誌でもテレビでも、アメリカの上澄み層の議論は、日本のそれよりも数段水準が高いことを痛感させられます。中には、「日本のマスコミや知識人や政治家のレベルが低いのは、日本国民全体の民度の低さの反映だから、どうしようもない」とのたまう人もいますが、私は決してそう思いません。

ざっくりと言って、日本人とアメリカ人の能力にさほど差はないはずです。平均的な教育レベルという点では、日本の方が高いかもしれません。にもかかわらず、こうも日米の言論の質に差があるのは、やはり、日本の教育や社会のシステムが知的なものを尊び、知識人を生み出すようになっていないからだと思います。

では、日本の弱点はどこにあるのでしょうか?
 
知的に働ける場所がない

一つには、大学が知のデパートとして機能していません。

それは、“学生の教育”についてのみならず、“社会人の教育”についても言えます。日本の大学は、もっと大人が楽しめる空間に作り変えていかなければなりません。

ここスタンフォードでは、硬軟織り交ぜたイベントが毎日、目白押しです。昼にランチを食べながら、もしくは、3時におやつを食べながら、みんなで知識人の話を聞くというのは、なんとも贅沢な時間です。大学関係者だけでなく、近隣から、多くの人が講演を聞きに大学を訪れます。

今週は、オノ・ヨーコ氏が講演にやってきますし、昨年12月には、『硫黄島の手紙』を鑑賞した後、クリント・イーストウッド氏とトークできるという企画がありました。つい先週も、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で有名なエズラ・ボーゲル・ハーバード大学教授がやってきて、研究中の�(トウ)小平氏について語っていました。
 
 講演後の質問で面白かったのは、「日本の自民党と、中国の共産党は、一党独裁という点で似ているのではないか?」というものでした。それに対する氏の答えは「ノー」。「共産党の方が、権威主義的で、中央集権で、プロパガンダ的である。日本の人によく言うのだけど、共産党支配下の中国は、いわば日本のオーナー企業。一方、自民党は、サラリーマンがしのぎを削って、その結果、サラリーマン社長になるという感じ」とうまい比喩を駆使していました。

アメリカの大学を見習って、東大、慶応、早稲田といった都心の大学は、有名な学者や政治家やビジネスマンやジャーナリストを呼んで、知識欲旺盛な社会人をひきつけるイベントをより頻繁に開いてはどうでしょうか?
 
 お金をとるなんてケチなことは言わず、無料で。現実的には、残業続きでそれどころではないでしょうが、「今日は早めに会社を出て、東大で中国経済の専門家の講演を聴きに行く」というような余裕が社会全体にほしいところです。

もう一つ、日本の知的コミュニティ層が薄い理由は、働き口の少なさです。

たとえば、アカデミズムの世界では、大学市場が縮小してポストが減少。博士号をとっても就職できない若者だらけです。そして、運よく大学に入れたとしても、年功序列のサラリーマン的な組織が待っているわけです。本当はビジネスに興味がなく、アカデミックな研究がしたいのに、やむなく一般企業で働いている人は結構多いはずです。

政策の世界でも同じことが言えます。
 
 「ビジネスに興味はないけれど、だからといって、旧態依然とした官庁組織で毎晩深夜まで働かされるのも嫌だ。なにか他に、専門知識を高めながら、国に貢献できる仕事はないだろうか?」
 
 こんな願望を持つ学生に対して、勧められる職場が日本に見当たりません。政治学の博士号を取るのは、日本の場合、リスクが高すぎますし、シンクタンクの大半は単なる官庁の下請けです。マスコミで政治記者になっても、政策というより政局が主になってしまいます。

その点、アメリカでは政策分野で職業の選択肢が唸るほど豊富です。
 
 公共政策を専攻しているアメリカ人の友人の一人は、今、ロビイストになることを考えているそうです。彼は、スタンフォードには珍しく共和党支持者なのですが、選挙で敗れたため、政府内の働き口が減っているそうなのです。ほかにも、シンクタンク、大学の研究員やポストドクター、選挙スタッフなどなど、政策分野の経験を積ながら、新たなチャンスをうかがえる場所がたくさんあります。
 
 さらにもう一つ、アメリカで目立つのは、陸海空軍、CIA(中央情報局)などに代表される、情報機関コミュニティの層の厚さです。ちょうど先学期、米国のインテリジェンスの歴史や組織について勉強しましたが、この分野には、歴史の博士号取得者など高い知性をもった、情報のプロたちがゴロゴロいます。
 
 そもそも、CIAの前身であるOSS(戦略情報局)は、真珠湾攻撃を予測できなかった反省から生み出された組織です。そして、第二次世界大戦当時、急遽組織をつくるために動因されたメンバーの主力は、ハーバード大学などの学者たちでした。つまり、言語学、歴史学など、アカデミズムの知識・手法は情報機関の仕事と相性がいいわけです。インテリジェンスというと、つい007ばりのスパイ活動を思い浮かべますが、実際のところ、大半の人材は、知性を駆使した地味な分析作業に従事しているわけです。

もちろん、ティム・ワイナー著『CIA秘録』(文芸春秋)に詳しいように、CIAの歴史は失敗も多く、誇れることばかりではありませんが、情報分析のプロをこれだけ多く抱えているのは素直にすごい。先学期、学部生に中国政治を教えていた先生は、元CIAの職員でした。

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