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泉房穂「本人の幸せは本人にしか決められない」 障害がある弟の「満面の笑み」が教えてくれたの写真一覧
明石市長として福祉拡充に尽力した泉房穂氏の原点には、障害を持つ弟との壮絶な家族の記憶がありました。社会の冷たさと理不尽に傷つきながらも「やさしい社会」を志したきっかけとは何だったのか。その根底にある想いに迫ります。
※上記のリード文はAIが作成しました
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泉 房穂
前明石市長
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いずみ ふさほFusaho Izumi
この著者の記事一覧
1963年、兵庫県明石市生まれ。兵庫県立明石西高校、東京大学教育学部卒業。NHK、テレビ朝日でディレクターを務めたあと、石井紘基氏(2002年、衆議院議員在任中に刺殺される)の秘書を経て、1997年に弁護士資格を取得。2003年に民主党から出馬し衆議院議員に。2011年5月から2023年4月まで明石市長を務めた。18歳まで医療費無料など「5つの無料化」や養育費立替に代表される子ども施策のほか、障害者支援、高齢者福祉などにも注力し、市の人口、出生率、税収などを伸ばして「明石モデル」として注目される。社会福祉士の資格も取得している。
