「卸になると、現金が入るタイミングが遅くなる。卸値なので利益率もちょっと下がる。キャッシュでは非常に苦戦しました」
売れたチーズの代金が、その場で入るとは限らない。一方で、その間にも返済や支払いはある。さらに、実際に経営を始めると設備の保守や税金など、想定しきれていなかった出費も生じた。結局、現金を確保するために手放したのが、所有していた車だった。ホンダに入社しただけあって、車は是本さんにとって大切な存在だった。
当時の心境を尋ねると、「これから成功するぞ」という期待と、「このままではいけないかもしれない」という不安は、半分ずつだったと明かす。
「意外と楽天家なので、くよくよしないんです。何とかなるでしょ、という感じでやるんですけど。今考えれば、本当に恐ろしいですね」
会社を辞める前にも、収入への不安はあった。ホンダでは世間の水準よりも恵まれた給与をもらっていたという。その分を、自分の商売で稼げるのか。チーズの味に手応えを感じていても、生活を支える事業に育てられるかは、別の問題だった。
佐久を選んだのは妻の縁だけではなかった
苦しい時期を支えたのは、開業前から築いていた地域とのつながりだ。佐久は妻の父の故郷であり、週末に通って試作を重ねる間に、酪農家や食に関わる仲間と知り合っていた。事業をする場所としても、是本さんなりの判断があった。まず重視したのは、原料となる乳の品質である。
「チーズは、7割、8割がミルクの品質で決まると言われる世界なんです」
冬は寒いが、夏は夜になると涼しく、乾燥している。是本さんは、こうした土地の気候が家畜を育てるうえでの良さにつながると考えている。最初に出会い、今も乳を仕入れるスプレンドール小林牧場の品質に魅力を感じたことが、この地で起業する大きな理由になった。
販売や物流の面でも利点はあった。東京からのアクセスがあり、近隣には軽井沢や蓼科といった観光地もある。是本さんの元には名古屋方面から訪れる客もいるという。地方にありながら、消費地とつながりやすい場所だった。
また、周辺には以前からチーズ作りに取り組む先達がおり、地元でチーズが親しまれていた。パンや生ハム、ワイン、日本酒、ビールなど、組み合わせて楽しめる食や酒の作り手もいた。独立後はワインや日本酒のイベントに呼ばれる機会も生まれた。
「自分の好きなことが、本当に仕事になったなと実感します」
商売が落ち着き始めたのは、4年目頃から。転機の一つは、チーズのコンテストで最優秀賞を受賞したことだった。地元紙にも紹介され、地域での認知が広がり、口コミでも少しずつ顧客が増えていった。


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