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ビスキー氏のアトリエは、旧東ベルリンのプレンツラウアーベルク地区にある。入居するレンガ造りの建物は煙突が印象的で、もともとは1885年に創業したビールの醸造所だった。2020年までにイギリスの著名な建築家デイヴィッド・チッパーフィールド氏の構想による改装が終わり、アトリエなどが並ぶ芸術家村になった。
取材の直前に旧東ドイツのザクセン・アンハルト州議会選挙が行われ、右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進した。芸術と政治の関係という重いテーマではあるが、まずそのことを話の糸口にすると、次のように率直な答えが返ってきた。
多くの芸術家が政治について語りすぎる
「私は19歳の時、まだ東ドイツ時代だったが、軍から逃走し、軍の施設に数日間投獄された。だから政治において極端なものが何であるか知っている。私はそうした政治における極端なものが良いとは思っていない。極端なものは、暴力などの問題をもたらすからだ。でも(芸術家としてはそういう発言をするのは)私だけかもしれない。両方の極端を良いと考える人がたくさんいる」
「芸術家として私が考えることは政治的には何の役割も果たさない。歴史はいろいろなことを教えてくれる。例えばフランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828年)、ディエゴ・ベラスケス(1599~1660年)、ギュスターヴ・クールベ(1819~1877年)などの画家は、政治に関わろうとして問題を起こした。彼らは政治的カオスの中で、(芸術と政治という)2つの前線の間に身を置いたために、逃亡し、国を離れねばならなかった。芸術家が自分の発言をとても重要なことと考えるのはまったくばかげている。正反対のことが起きたからだ」
私が取材した州議会選挙前の反AfD集会では、多くの歌手が来て歌ったが、ビスキー氏はこうした形で芸術家が政治的に発言することに否定的だ。
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