舟津:間違えたと言えない問題には、「売れる」とか「人気を得る」ということが関わっている気がしています。象徴的だなと思った話がありまして、子どもを対象とする専門職の方がいて、ある時期から発達障害に関する相談がすごく増えたらしいんです。ほとんどは投薬などの治療が必要な水準とはいえないので、悩みや相談を聞いて、帰ってもらう。
で、相談に来る親御さんには、発達障害だと言われて安心する人と、そうじゃないと言われて安心する人の両方がいるのだと。その方がボソッと、「それを見分けて使い分けられる人は、はっきり言って『売れます』」と。
確かにどっちの気持ちも理解できるんですよね。違うと言われたら、病気じゃなかったとほっとする。そうだと言われたら、私の育児のせいじゃなかったと納得できる。ただ、そこではもう病気かどうかが問われておらず、病気の有無が安心装置として使われているわけです。
「占い師化」する専門家たち
與那覇:それは占い師の才能ですよね。たとえば恋愛の悩みだったら「きっと大丈夫ですよ」と落ち着かせてほしいのか、「もう別れちゃいなさい」と背中を押してほしいのか。相談者の内心を見抜いて、代わって言う人が「さすが先生!」となる。
舟津:すごくうまい表現ですね。まさに占い師なんですよね。
與那覇:コロナでいえば、この病気は「もっと大変なことになる」と言ってほしい人が多いと感じれば、専門家もそちらに引っ張られる。ですが「民意に照らしてウケることを言う」のは、科学者でなく政治家の仕事です。専門家が政治家同然に振るまえば、科学を無視してウケのいいことを言い、しかし責任は本職の政治家に取らせる、ノーリスクな無敵のポジションになってしまう。個々の学者の資質以上に、そうした構造が問題なのです。
舟津:そういう役割を強く求められると、応えてしまう人も出てきますよね。SNSを見ていても、もともとそういう志向のなかった専門家が、あるときから突然政権批判の投稿ばかりするようになったりとか。支持されるんですよね。中身がなくても「いいね」がつき、「よくわかってる」と称賛される。一度覚えたらなかなか止められないと思います。
しかもそれは正しい正しくないとは関係のない占いで、政権がミスすれば「言った通りでしょう」、うまくいけば「こんな社会はおかしい」と言える。どっちに転んでも間違いを認めることを回避できる。


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