長谷川さんもまた、料理に親しむきっかけを意識しているのだろう。10月20日のXポストでも「レシピに求めるものは味だけでなく、暮らしや料理をする場面、そのときの余裕によっても違うと思います」と書いていた。
また、2023年8月には「こんなこというとダメかもしれませんが、レシピ通りに作っても作らなくても、正直どちらでもいいんです。本を眺めながら『今日こんな料理が作りたい、今日はこんなものが食べたい』と思考できる時間そのものが、自分と向き合う大切な時間だと思います」と投稿し、「わたし自身そんな時間に何度も心を救われてきました」と明かしていた。
これらを読んでいると、料理はあくまで手段であり、過程だと位置づけていることがわかる。
「わかりやすい味」の物差しは人それぞれ
作る楽しさ、食べる楽しさへのルートはひとつではない。「自力でここまでできた」と感じてもらうには、わかりやすい味で満足を得られることが近道になる。
これは別に「味の細部を吟味するな」と言っているわけではない。その段階に進む前に、まず作って、食べて、満足することが重要なのだ。
ここで言う“わかりやすい味”には、塩分だけではなく、食材から引き出したうまみの強弱なども含まれる。しかしながら、「ガツンとした塩気が欲しい人」と、「滋味深いうまみが欲しい人」では、同じ“わかりやすい味”でも、その尺度に差が生じる。


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