これこそが最初に触れた「しょっぱい」「素材本来の味が前に出すぎ」という、一見すると相反するような批判が出た要因ではないか。つまりは、同じレシピに対して、さまざまな好みの人が“異なる役割”を期待した結果だと考えられるのだ。
「求める完成品の技術レベル」にも「味のわかりやすさ」にも、人それぞれ好みのグラデーションがある。自炊への入り口を作る提案を、より細やかな仕上がりを求める期待に照らせば、物足りなさが生まれることは当然あるだろう。
もちろん、何を重視するかは、経験の長さだけで決まらない。味の細部に関心を向ける人もいれば、栄養を重視する人もいる。酒と食べるのか、ご飯のおかずにするのかという食事習慣も含め、自炊に求めるものはそれぞれ違う。SNSでの論争は、その違いが目に見える形で表れたものとも読める。
レシピは「ゴール」ではなく「土台」
あくまでレシピは土台でしかない。そこで満足すればゴールになるし、不満があれば満足するための通過点にもなり得る。長谷川さんも10月20日の投稿で、濃く感じるなら塩を控え、味がシャープなら少し甘みを、うま味が物足りなければだしを補う、といった調整を選択肢として挙げていた。
すでに技術と経験があるなら、その基本から自分に合うようアレンジを試みてもよいのではないか。味付けを調整しながら、食材の組み合わせや料理のアイデアを取り入れることもできる。あなたが「自炊に何を求めているか」に応じて、レシピの使い方も変えられるはずだ。
「信じてるぞ」の先にあるのは、自分の舌を信じることなのかもしれない。


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