「信じる」という表現からは、完成品は予想できないものの、作り手に全幅の信頼を置いていることがわかる。それだけ“間違いのない料理家”として扱われているわけだが、ここで忘れてはいけないのが、そもそも万人の舌に合うレシピなど存在しないということだ。
長谷川さん自身も10月20日の投稿で、レシピを好きな人も、合わなかった人も、どちらが正しいということではないと説明している。
しかしながら冒頭に紹介したように、レシピへの疑念を示す人は少なくない。そこに生じるズレは、「想定している受け手」以外にも情報が届けられるという、SNSの特性と無関係とは言えないだろう。
見方を変えれば、これは「ファンが増えたブランドが必ず直面する壁」でもある。拡散が進むほど、作り手の文脈を共有しない“想定外の読者”にも届くからだ。批判は、人気の証しとも言える。
家庭料理はいつも論争を呼んできた
家庭料理をめぐる論争は、今に始まったことではない。2016年には、料理研究家の土井善晴さんが『一汁一菜でよいという提案』を出版し、「品数を減らしてもいい」というメッセージが大きな反響を呼んだ。2020年には、スーパーで総菜のポテトサラダを手に取った女性に、高齢男性が「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と言い放ったという目撃投稿が拡散し、“手作り信仰”をめぐる議論に発展した。
うま味調味料を積極的に使う料理研究家・リュウジさんのレシピにも、「手抜き」といった声と反論がたびたび寄せられている。いずれも、「料理はこうあるべき」という基準の違いが表面化した点で共通している。そしてSNSは、その基準の違いを持つ人同士を、否応なく同じレシピの前に集めてしまう。


※ログイン後、コメント入力が可能です。