16歳だった2015年、広瀬は自身の母親とともに東京で暮らしていた。早朝から仕事がある日には、母親も起きて食事を用意してくれたという。母親とともに故郷を離れた広瀬と、母親を置いて島を出られなかった暁海。故郷の静岡から東京へ出てきた自身の歩みについても、こんなふうに語った。
「気づいたら導かれるように東京に出てきた感覚があって。自分で道を切り開いてきたという経験がないからこそ、共感できることが少ないのかな、と感じていた時期もありました」
若くして第一線に立ち、数々の作品で主演を務めてきた。それは、誰にでもできる経験ではない。
一方で、その特別な時間を過ごしてきたからこそ、経験できなかったこともある。広瀬が演じることの難しさとして挙げたのは、自分がまだ知らない人生の多さだった。
今回、初めてタッグを組んだ藤井道人監督は、そんな広瀬の芝居をどう見つめていたのか。
いちばんいい芝居ができたと感じるのは「リハーサル」
藤井監督は公式のプロダクションノートで、「過去いちばんの広瀬すずを撮れた」と語っている。では、広瀬自身が「いい芝居ができた」と感じるのは、どんな瞬間なのか。
「いや、もうリハーサルがいちばんいいと思います」
思いがけない答えだった。
「最初は新鮮さがあるというか、潤いや水分がたっぷりある状態のお芝居のほうが、やっぱり純粋なんですよね。
カットやテイクを重ねていくにつれて、どうしても多少なりとも熟されていくので。その擦れていった部分を、自分で全部埋めていく作業は難しいなと感じます」
藤井監督は、そのわずかな変化まで理解してくれたという。
「ちょっとした動きまで拾ってくださるので、撮影の序盤から、私たち役者にも『理解してくれる人なんだ』ということが伝わってきました。
私がやりたいこと、監督がやりたいこと、それに応えたいという気持ち、そして流星くんの動き。そうしたすべてのバランスを待ってくださるんです。すごく贅沢なやり方だなと思いました」


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