これまで何度も炎上してきた板野に対する新たな批判材料になりそうでありながら、今回は炎上には至らなかった。
筆者は以前、板野や辻希美をめぐる炎上について取り上げたコラムで「堕とし活」とも呼べる現象について語った。「推し活」が好きな人を応援する行為だとすれば、その逆に、嫌いな芸能人やインフルエンサーの発信を追い続け、落ち度を探して評価を下げようとするような行為だ。板野はまさに、その対象になりやすい。
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以前書いたように、板野は高級ホテルでの家族旅行や広い自宅など華やかな暮らしをSNSやYouTubeでオープンにしてきた。そこから「成金」「非常識なセレブママ」のようなイメージが付くと、通常なら気にも留められない行動にまでケチをつける人間が出てくる。いわゆるアンチだ。
今回の肉のパックの指摘も、その延長線上にあったように見えた。しかしパックのまま肉を食卓に出すという行為は、炎上材料としては弱かった。なぜなら、同じことをしている一般家庭があまりにも多かったからだ。これまで板野の炎上の要因には「セレブ感」と「非常識」があったが、今回のパックの肉をそのまま食卓に出す行為はどちらにも当てはまらなかったのだ。
食品衛生の面から見れば、パックから肉汁が漏れて食卓やほかの食品に付着したり、生肉を取った箸で加熱済みの肉を食べたりすれば問題だが、板野の食卓の映像にはそうした様子はなかった。
むしろ、板野が鍋用の肉をきれいに盛り付け、食卓に並べていたほうがセレブ感が出たことで「演出だ」「普段はやっていないはず」などより多くの批判を浴びたのではないだろうか。
「育ちが出る」とは?
そもそも今回の批判で、筆者が最も引っかかったのは「育ちが出る」という批判だった。
肉をパックのまま食卓に出す行為について、見栄えが悪いと感じる人がいても不思議ではない。確かに皿に盛り付けた方がきれいに見えるし、たとえば来客をもてなす場面であれば、そうした配慮が求められることもあるだろう。
しかし、今回はABEMAの取材が入っているとはいえ、映っていたのは日常の食卓だ。そこでパックのままの肉があったとしても「育ちが悪い」とはならないのではないだろうか。


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