AI時代になり、これまで専門的とされていた仕事の価値が下がっている向きもある。長谷川さんのように希少価値の高い仕事をする人は、AIをどのように活用しているのだろうか。
「仕事に必要な資料の翻訳など、インプットの面でAIを活用しています。自分の中で決めているのは、古い衣服の資料写真で、AI加工はしない、そして感情のアウトプットに使わないことです。ブログを書くのにAIを使ってみたこともありますが、すぐに飽きてしまいました。これまでも自分の研究を自分の言葉で伝えてきたので、その姿勢は変えずにいたいと思っています」
AIが学習できるのは、誰かがすでに言葉にした情報だ。長谷川さんが洋服の分解を通して得る一次情報や、それを分析して自分の言葉で語る内容は、まだどこにも存在しない。だからこそ、長谷川さんの仕事はAIに代替されにくいと言えるだろう。
依頼の9割を断る、「広げない」という選択
唯一無二と形容される長谷川さんの仕事は、裏を返せば「簡単には広げられない仕事」だとも言える。
まず、古い洋服を入手する壁だ。ディーラーは向こうからの連絡でつながっているし、前述のとおり、歴史ある服の仕入れは一着数百万にも及ぶ。強い信頼がないと、手に入らない領域も存在する。
一着の衣服から型紙、展示、講演など多層的に収入を得る構造にする。だからこそ、長谷川さんは研究に使う時間を確保できる。収益は、次に調べたい一着を手に入れるための基盤でもある。
だから長谷川さんは、依頼される仕事の9割は断っている。仕事を厳選して、事業として大きく伸ばす方向には舵を切っていないのだ。
「研究に使う時間が貴重なので、すべての依頼を受けてはいられません。自分が楽しいと感じたものだけに絞っています」
稼ぐために研究するのではなく、研究を続けるために稼ぐ。その順番を崩さないことが、長谷川さんの仕事を"唯一無二"にしているのかもしれない。
後編では、長谷川さんがなぜ「衣服標本家」という道を選んだのか、その原体験や道のりについて伝えていく。


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