ホロスコープを吐き出し続ける部屋
1993年、比較文化で修士号を取得。そのまま博士課程後期に進む予定でしたが、僕にとっては大事件が起きました。博士課程後期に進むための願書を出し忘れてしまったのです。
間抜けすぎますね。そこで大学の先生方が気を遣って、非常勤講師(いわゆる助手)のポストを用意してくださいました。
ところが、メディアでの活動が派手になってきて、どちらが本業かわからなくなってきました。
大学の先生は雑誌なんて読まないだろうからバレないに違いないと、タカをくくってバイト感覚で雑誌に占いの記事を書いたり、翻訳をしたりしていたのですが、さすがに先生方にも「鏡リュウジ」としての課外活動を知られるように。
しかも占いという、いささかアヤシイものなので、なにかと厄介です。心配した指導教官から、「そろそろ仕事はやめたらどうか」と助言されました。
アカデミズムに進むか、もう少しメディアの仕事をやってみるか――かなり迷いましたが、正直いうとメディアの仕事が面白くて、今やめるのはちょっともったいない、という思いもありました。
一方で、学問の世界は厳しく、博士論文を書く自信はありませんでしたが、ここでまっとうな道に戻るべきだろうとぼんやり考えていました。


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