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静岡在住の筆者にとって、遠方の友人に会いに行くとき、静岡県外から誰かが訪ねてくるとき、これがあれば間違いない手土産といえば、春華堂が作る浜松銘菓「うなぎパイ」だ。
ニョロニョロをローラーで平たくしたような見た目は、うなぎのかば焼きをイメージしているという。1本だとわかりにくいが、横に3本並べてみれば、ピンとくるはず。甘い風味をピリリと引き締めるのは、隠し味のガーリック。これが、「子どもにはまだ早い味」の秘訣だ。
1961年に誕生して以来、時代の波に乗って成長を続けて65年、うなぎパイは味も形も変わらない。しかし、その背後には、4億円超の部門赤字との戦いなど、企業の知られざる物語があった。
高度経済成長が育てた「うなぎパイ」
日本には、「時代に恵まれた商品」がいくつもある。高度経済成長期と人口ボーナスの恩恵をたっぷり受け、日本経済の発展とともに成長、現在では誰でもその名を知っている商品。浜松銘菓「うなぎパイ」もその一つだろう。
「まずは1889年、創業者の山崎芳蔵が岡部町で営んでいた茶屋を浜松に移した直後に、東海道線浜松駅が開設されました。1961年にうなぎパイができた後、64年に東海道新幹線が開通、69年には東名高速道路も完成しました。
64年には東京オリンピックが、70年には大阪万博が開催され、東へ西へと人々が流れた時期に『浜松土産』として打ち出したことで、『浜松といえばうなぎパイ』と定着していったのです」


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