まずご遺体から少し離れて一周し、全身を観察します。渡辺さんのご遺体は外表上に特筆すべき所見はありませんでした。
目立つ外傷もありませんでした。交通事故と聞くと血だらけのご遺体をイメージするかもしれませんが、エアバッグが普及していることもあり、外表上には目立つ傷がないことも珍しくありません。渡辺さんも、鼻の頭に小さく擦りむいた傷があるくらいでした。
次に死後硬直や角膜の混濁度合いといった死体現象*をみます。くも膜下出血や脳出血の場合は出血している側の瞳孔が開くため左右差が出ることがありますが、渡辺さんの瞳孔のサイズは両眼とも同じでした*。
*反対に両眼とも縮瞳している(瞳孔が異常に小さくなっている)場合は、薬物中毒や脳出血の一種である視床出血を疑う
最後に全身を触診して調べます。渡辺さんの胸腹部を触ってみると肋骨はバキバキに折れ、お腹には血液がたまっている感触がありました*。
検案が終わり、解剖に取りかかります。まず顎の下から下腹部にかけて切開して臓器をすべて取り出して調べます。
肝臓や脾臓が破裂しており、やはりお腹のなかに大量の血液がたまっていました。流動性が高いサラサラの血液です。
「放置したバターのようにとろけて黄色く」なった脳
次に頭部の解剖に移ります。頭皮を剥いて頭蓋骨を外し、大脳・小脳・脳幹をひとかたまりで取り出した後、各部位を詳しくみていきます。このとき使用するのが「脳刀」です。
昔は先端が四角く、みねのラインが直線の「蛸引包丁」と呼ばれる普通の包丁が使われていました。柔らかくて切りにくいものも、蛸引包丁で引き切りすると断面が非常にきれいで観察しやすいのです。
今はさすがに普通の包丁は使っていませんが、蛸引包丁と同じ形状の脳刀で大脳を1cm間隔で切って観察していきます。すると左側の大脳の奥、大脳基底核にかかる部位に直径2cmほどの「異状」がみつかりました。


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