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善意からの支援が「毒」にもなり得る
清野孝弥(以下、清野):ブレイディさんの著書『両手にトカレフ』を拝読した際、主人公の14歳の少女ミアが、自分を助けようとするソーシャルワーカーを激しく拒絶する姿に、かつての自分を重ね合わせました。貧困家庭で生まれ育てば、社会や大人に対する嫌悪感や不信感は普通の子どもよりも生まれてきやすいと感じます。
ブレイディみかこ(以下、ブレイディ):ええ。よくわかります。私が『両手にトカレフ』で一番書きたかったのは、最後に近所に住む大人に言わせたセリフの、「あなた(子ども)はもう何もしなくてもいい。何かをしなくてはいけないのは大人たちのほうだから」でした。
清野:そうなんです。でも、外部の大人から「君たちは今、恵まれていないんだから、私たちがこれをしてあげるよ」とパターナリスティック(強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして干渉する様子)に介入されても、子どもからすればリアリティを感じられず、心を閉ざしてしまいます。
当時の私がもし「貧困家庭の子どもを支援したい」という大人に出会っていたら、「なんだその人は。僕は別に、自分のことを貧困世帯のかわいそうな子どもだなんて思っていない」と反発したはずです。「貧困の子ども」とカテゴライズされ、ラベリングされて優しくされることへの違和感がありました。



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