「私にとってデトロイトは、映画界にとってのハリウッドと同じだ。祖父・喜一郎は若き日にこの街を訪れ、目にしたものに衝撃を受けて『日本人の手で自動車をつくる』と誓った。そして1957年、父・章一郎は米国輸出第1号となるトヨペット・クラウンを運転してデトロイトにやって来た。父はそのクルマを誇らしく思い、フォード本社ビルの前に停めて記念写真を撮ったほどだった」
「ところが、高速道路(インターステート94号)に乗った途端、その自信は窓の外へ吹き飛んでしまった。当時のクラウンは時速60マイル(約96km/h)を出すのがやっとで、あらゆる車に追い抜かれ、本線に合流するためには下り坂のランプウェイを使うしかなかった。『オー、なんという屈辱(Oh, what a feeling!)』」
かつてアメリカで親しまれたトヨタの有名なCMのキャッチコピーを自虐ジョークとして引き合いに出し、会場は大歓声に包まれた。
「しかし、トヨタには『カイゼン』の精神があった。父と祖父は、かつて自分たちにインスピレーションを与えてくれたまさにこの場所で、のちに殿堂入りを果たした。そして今、3代目である私が、彼らの足跡をたどってこの場に立っている。日本ではよく『3代目が家業を潰す』と言われるが、今のところは何とか無事にやれている」
章男氏にとってのクルマとは?
そしてスピーチの後半、章男氏はハードではなく「ハート」を届けるという自身のクルマづくり哲学を熱く語りかけた。
「子どもの頃の夢はタクシーの運転手になることだった。その夢そのものは叶わなかったが、かなり近いところまでは来られたと思っている。世界で一番大好きなこと……クルマを、それもとびきり速く走らせることを仕事にできているのだから」
「私にとって、クルマを何台売ったかということは決して最も重要なことではない。本当に大切なのは、そのクルマが乗る人にとってどんな意味を持つかだ。私たちが届けているのは単なる鉄の塊ではなく、『笑顔と幸せ』そのものだ。新車が納車される瞬間に、悲しい顔をする人はいない。クルマは人をワクワクさせ、心を動かす特別な存在だ。私たちは世界で最も刺激的で、最もクールな産業に携わっている」


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