印象的だったのは、章男氏が常日頃から口にする「対立ではなく共感」「ありがとうと言い合える世の中をつくる」という想いが、スピーチの随所に色濃くにじみ出ていたことである。
かつて日米貿易摩擦やリコール問題で激しく対立したこのアメリカの地で、彼は敵味方をつくるのではなく、ひたすら「感謝」を伝え、相手の心に寄り添う「共感」を求め続けた。スピーチの締めくくりに呼びかけたメッセージも、そうだった。
「これからの不確実な時代、私たち自動車メーカー、サプライヤー、ディーラー、メディアが手を取り合い、競争以上に互いに歩み寄って協調していこう。誰かひとりが勝つのではなく、この産業に携わる全員で勝とう。今夜、私は皆さんに感謝の手を差し伸べたい。共に進めば、想像できない未来も、乗り越えられない壁もない。道がどこへ続いていようとも、共にドライブを楽しもう!」
すると、会場では力強い拍手が響き渡り、最後は万雷のスタンディングオベーションが会場を包み込んだ。それは単なる業界のセレモニーを超え、章男氏が放った「共感」の輪が、世界中のモビリティ関係者の心をひとつに束ねた瞬間だった。
唯一、感じさせた怪我の影響
壇上では一切の苦痛を感じさせず、満面の笑みで会場を完全に魅了した章男氏。オーディエンスに対して決して弱みを見せず、完璧なパフォーマンスをやり切る姿勢には、レーシングドライバー「モリゾウ」としての強烈な負け嫌いが垣間見えた。
だが、冷静に考えれば、直前のテストで横転し、以前手術した足の古傷すら忘れるほどの痛みを腕に抱えていたのだ。痛くないはずがない。
普段のイベントであれば、どれほど忙しくても、どれほど疲れていても、合間に「ちょっと話をしよう」と自ら声をかけ、メディアや仲間たちとざっくばらんに本音を交わす時間をつくってくれるのが章男氏の流儀だ。しかし、この日ばかりはパーティー終了後、その場にいたごく近しい関係者に向け、このようなメッセージが届いた。
「今日はありがとうございました。普段でしたらコメントを出来るのですが、さすがに、今回は、勘弁していただきます」


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