一生、現役で稼いでいたいもの
世の中の人にはね、お金の話なんかするのは厭(いや)らしいことだ、と言う人が多いけれど――わたしは金の話が大好きですよ。でも、その割には、なかなか手には入り難い。
生進忘れられないのは、中央公論で、處(しょ)女作の『脂粉の顔』の原稿料を貰ったときですねぇ……。送った原稿がどうなったかな、と思って北海道から出てきて、中央公論社を訪ねた。
瀧田樗陰が、ほら、あなたの小説はここに出てますよ、と言うの。それで、原稿料も持って行きますか。―そう言われて吃驚してねぇ、頂けるなら頂いて行きたいです、と言ったら―そのときのお金で一枚三円、なんでも百二十一枚分で、三百六十三円だったと思います。
そんなに大金の原稿料を貰っておったまげたのよ。その現金を持って往来に飛び出した。『生きて行く私』に書いたけれど、本郷にいた頃にしょっちゅう通っていた追分町の質屋さんへ駆け込んで行って、質屋の番頭さんに自慢して見せたの。いつでもありったけの着物を質に入れてたんですから。それを、出して。


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