店舗として借りたのは、もともと飲食店だった居抜き物件。秩父鉄道の和銅黒谷駅から徒歩20分。国道140号線から少し入った立地でメイン通りではない。
決め手は、厨房設備や冷蔵庫がそのまま使えて、店内と駐車スペースが広いわりに破格の家賃だった。大家さんのご好意で中古のテーブルや椅子も用意してもらえた。就労ビザの申請も、行政書士に頼まず自分たちで行い、開業資金は自己資金100万円という最小限に抑えた。
ただこの物件はもともとファミリーレストラン、その後はそば屋、とんかつ屋、ラジコン屋と次々に入れ替わり、「何をやってもだめ」と言われる場所で、周囲は難色を示した。
さらには、黒澤さんにドクターストップがかかった。歩けるようになり、関節の痛みは落ち着いたものの、今度は肝臓に症状が表れていたのだ。
しかし黒澤さんの決意は固く、周囲に反対されるほど「絶対にやるぞ」と火がついた。
そうして迎えた6月4日。思い立ってからわずか2カ月で開業した店の前には車の大渋滞ができた。
「何カ月も混雑して、3〜4時間待ちでした。当時、秩父では珍しかったから、秩父中の人が来たんじゃないかってくらい」
2人のインド人スタッフと飲食未経験のアルバイト、母親とともに、忙しい店を切り盛りした。「この病もそうですけど、だいたい何でも気合と瞬発力でどうにかしてきました」と振り返る。
予想を超える忙しさに、通院する時間さえなくなったのに、1年ほどで、肝機能の数値が改善したという。
衣食住もほぼ会社が負担する
現在お店では10人のインド人スタッフが働いている。初代シェフ・ラムさんの弟子や紹介で入ったスタッフで、いずれも家族をインドに残して単身で来日している。
スタッフには住居を提供しているが、驚くのはそのサポート内容だ。
食費や水道光熱費、洗剤や歯磨き粉などの生活用品まで会社が負担し、日本で本人が負担しているのは携帯代だけ。「仕事に集中してもらいたいから」と生活にかかる費用をほぼサポートする。
本店で働いて10年になるキシャンさんに話を聞くと、家族とは普段から連絡を取っているそうで「ここで働くのは楽しい」と笑顔をみせる。
無料通話アプリがなかったオープン当初は国際電話カードを渡し、単身で来ているスタッフが心細くならないよう配慮していた。さらに年に1回、家族のもとへ一時帰国する際の航空券代も全額負担する。
これらのサポートは、売上の見込みが立っていない創業当初から続けている。


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