富士子さんは迷った。
「主人が戻りたくないと言えば、私は日本に戻るつもりはありませんでした」
しかし、ジャックさんは、タイでの生活を切り上げて日本に戻る道を選んだ。
「お父さんが帰ってきてくれと言うんだから、帰らなければ」
スライ一家は日本に帰国した。次男を妊娠していた富士子さんは長男と東京の実家へ。ジャックさんはトヨタの名古屋の職場に戻り、単身赴任で週末ごとに東京に通う生活が始まった。
日本に戻ると、富士子さんは不思議な感覚をおぼえた。「スライ」という名字を名乗っていると外国人だと思われたり、ジャックさんと電車でタイ語で話していると「何語だろうね」とヒソヒソ話される。「英語やフランス語だったら反応が違うのに」と思うこともあった。
加えて、タイでは、赤ちゃんを連れてバスに乗ると見知らぬ人が席を譲ってくれるのが当たり前だったが、日本ではそうとも限らない。「タイがいかに子育てしやすい国だったか、戻ってきてわかりました」と富士子さんは話す。
紹介したその日に父が倒れ、母は夫を認めなかった
仕事の面では、父から、「俺が次に倒れたらもう先はない。三山薬品を継いでほしい」という話があった。
富士子さんは会社を継ぐなら、ジャックさんが社長になり、それを自分が支える形がいいと思った。ジャックさんは仕事でリーダー経験があり、リーダーシップのある人だからだ。富士子さんの父もそう考え、ジャックさんはトヨタを辞めて、会社に入ることを決めた。
ところが、ジャックさんを会社のみんなに紹介したその日、父は倒れて帰らぬ人になってしまった。
そこで、社長を富士子さんの母が務めることになり、二人は共に会社で働いた。だが、そもそも結婚に反対していた母は、ジャックさんと距離があり、一緒に働くことをよしとしなかった。結果的に、ジャックさんは会社から去ることになった。


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