食堂で一緒にご飯を食べながら、本社では見せられないような仕事の悩みや人間関係、時にはプライベートのちょっとした打ち明けた話に耳を傾ける。
「一般的なマンションの管理人さんだけでは、若い社員がどんな生活をし、何に悩んでいるのかまで汲み取るのは難しいでしょう。同じ会社の苦楽を知るOBだからこそ、海外駐在の経験や組織の仕組みを踏まえたアドバイスもできます。親御さんや職場の上司にとっても、一人暮らしで抱え込みがちなリスクを未然に防げる安心感があるはずです」(加藤氏)
毎朝、出社する若手社員たちをエントランスに立ち、「いってらっしゃい」と笑顔で見送る加藤寮長。役員クラスから現場までを知り尽くしたベテランOBが“親代わり”として温かく見守る体制は、若手社員にとって何物にも代えがたい精神的セーフティネットとなっている。
若い世代が求めるのは「心身の健康を保てる生活基盤」
今後伊藤忠は社宅をどのように戦略に組み込んでいくのか。小野寺氏は日吉寮の目的と企業の社宅のあり方について次のように語る。
「入寮期間は最大4年目までとし、新入男性社員は原則全員が入寮する方針としています。配属先が多岐にわたるなかで、縦の上下関係だけでなく、部署を超えた『斜めの関係性』を自然に築ける環境を提供することが最大の狙いです」
つまり、食堂やサウナ、各階のフリースペースといったハード面での工夫に加え、寮生による自治会活動や会社主導のイベントなど多角的な仕掛けを通じて偶発的なコミュニケーションを生み出すことで、会社全体の人材戦略の一環としての社宅の存在を重要視しているという。
「企業の社宅がすべての会社に一律で必要だとは考えていません。しかし、人材戦略や社員のニーズと合致する場合において、社宅は極めて強力な施策となります。特に若手社員の生活基盤を安定させ、世代や部署を超えた人脈を育む環境づくりは、単なる金銭的な福利厚生だけでは代替できません。当社にとって日吉寮は、社員の成長と組織の一体感を支えるための、きわめて重要な『人への投資』なのです」と小野寺氏は力説する。
物価高や予測不能な経済環境が続くなか、社会に出たばかりの若い世代が求めるのは、単なる高い給与水準だけではない。孤立せずに安心して成長できる環境、心身の健康を保てる生活基盤や仲間とのネットワークが不可欠になる。
高度経済成長期の「モーレツに働くための社宅」から、バブル崩壊後の「経済の低迷で削減される社宅」、そして令和の「人への投資・成長支援のための社宅」へ。社宅を巡る歴史的変遷は、日本企業の働き方や人材観の変化そのものを映し出しているといえそうだ。


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