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ライフ #浪人したら人生「劇的に」変わった

灘・開成・ラサール「すべて合格」も東大理三は届かず…慶應医学部卒の起業家が「自分の限界を知った」浪人時代

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吉永さん
東大理三には届きませんでしたが…(写真:吉永さん提供)
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ラ・サール中学校では学年で1番の成績をずっと維持します。高校1年生になっても1〜2番の成績を維持していた吉永さん。しかし高校2年生になる頃、遅まきながら自我が芽生え始めました。

「親と先生の期待を一身に背負って、真面目な優等生として過ごしていました。ですが、やりたいことはあまり考えられていませんでしたね。医療系の親族が多いし、先生にも期待されているし、理系の場合、東大か医学部に行くのが暗黙の了解な環境だったので、気づいたら自分で自分を“東大医学部行きます”と無意識に洗脳していたのかもしれません」

中学・高校時代、サッカー部だった(写真:吉永さん提供)

ラ・サール学園中学校・高等学校は鹿児島に大手予備校がない分、定期テストとは別に受験参考書を与えられ、週テストと呼ばれる毎週のテストが追加であり、自学自習をするスタイルで受験に対応する進学校でした。

カリキュラム通りに進めれば東京大学最難関の理科三類も狙えるというデータがある一方で、吉永さんは「天邪鬼になって自分のやり方をしたいと思いはじめた」と当時を振り返ります。

過去の理科三類の合格者の体験記を読んで、学校で取り扱っていない難しそうな参考書に手を出したところ、中途半端になり、学年5〜6番程度に落ち着いていきました。

こうして吉永さんは、東大オープンなどの冠模試でC判定だった東京大学の理科三類を受験します。センター試験では90%を取りましたが、国語が126点と大きくこけ、2次試験も10点以上届かず不合格に終わりました。後期試験でも東大の理科三類を受験しますが、物理選択であったため、生物が必要な試験にまったく歯が立たずに終わりました。

東大の理三を単願→不合格で浪人

こうして浪人を決意した吉永さん。併願校で合格していた防衛医科大への入学という選択肢はあったものの、「親の意向もあり、東京に行って浪人しなさいという流れで手続きが進んでいた」と語ります。

自分で強く決断したというよりも、流れに乗る形で浪人が決まりました。

浪人生活では駿台予備学校の市谷校に通い、埼玉・川口の寮で生活をスタートした吉永さん。勉強しかない環境の中で、朝4時に起きて夜10時に寝るという規則正しい生活を送りながら、1日10時間以上の勉強を続けます。この年も目標は理三一本でした。

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