余命騒動の発端となった大腿骨は自然と骨がついたようで、痛がらない。歩行は無理だが、車椅子は器用に操作する。時おり39度や40度の発熱があるが、Kさんが点滴はいやだというので、萬田氏は抗生物質は使わず、自然に熱が下がるのを待つ。
自慢の歯で食べたり、食べられなくなったりをくり返す。家族は無理に食べさせることもなく、また高熱が出ても救急車を呼ぶことはない。落ち着いてKさんの回復を見守る。
「もはやこれまでか?」というところでKさんは何度も復活し、復活するたびに身体はやせて小さく軽くなっていったが、最後は100歳まで生きて、施設で穏やかに亡くなった。
「この流れが認知症の典型例かもしれません。病気もなく長く生きすれば、ほとんどの人がいつか通る道でしょう。入院した病院の内視鏡検査でKさんの声帯が動かなかったのは事実。でも僕が食べさせたら、食べた。これも間違いのない事実です。医師は悪いところだけを診るのではなく、Kさんが98歳の超高齢者だという人間性も含めて診ていたら、その後の方針は変わったかもしれません」
目指したいのは、「ゆっくりコロリ」の老衰コース
長生きが叶った先にある死をイメージすると、萬田氏の理想の死に方は、ピンピンコロリではなく、「ゆっくりコロリ」だという。
加齢によって身体の機能が老化して、動けなくなり、食べられなくなるというサイクルをくり返し、だんだんやせてゆっくりと燃え尽きていく。萬田氏曰く「老衰モード」である。
「僕はこの老衰こそ、いちばん身体にやさしい死に方だと思っています。がんや心筋梗塞、認知症を発症しても、余分な治療をしなければ誰でも老衰モードに入っていくはずなのです。
しかし、死ぬことを避ける病院と、死なせたくない家族がそれを阻む。ゆっくりコロリの前に立ちはだかる大きな壁です」
2000人以上の患者を在宅で看取ってきた萬田氏がめざす、老衰モード。そのためにできることを、後編では詳しく紹介する。



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