病院に運ばれた高齢者が身体じゅうを検査されたら、どんどん悪いところが見つかり、年齢なりに老化した臓器の状態に病名がつけられ、その中でも重症度の高い疾患の集中治療へと進んでいく。
高齢の患者には大きな苦痛や負担を強いることになるが、会話ができる状態ではない本人に治療の意志確認は取れないので、医師は家族に承諾を求める。
パニック状態の家族から返ってくる答えは、こういう感じになるという。
「今まで元気だったので、急にこんなことになってしまって……。治療のことはよくわかりませんので、お任せします。助けてください」
家族の承諾を得て、検査の数々から手術、術後の治療と進んでいき、身体が弱ってきて食事が摂れなくなったら、鎖骨や大腿部の静脈に点滴を刺して高カロリー輸液。点滴で手足がパンパンにむくみ、転倒防止のため自力でトイレに行くことも許可されない。
治療の効果が期待できない終末期になっても本人の意志を確認できないまま、死の瞬間を先延ばしにするために亡くなるまでずるずると治療が続けられる。家族は疲弊して不安や不満を口にするが、救急車に乗せた時点で「できるだけのことをして救ってください」という、病院への意志表示なのだ。
ピンピン生きることよりも「具体的な死に方」が大事
一方、長生きしたい望みが叶い、がん、脳梗塞、心筋梗塞などの大病をしなかったら……、つまり内臓が丈夫だったら、いずれ脳が老化してくる。
“脳の老化”とは認知症の状態である。
厚生労働省によると、認知症と軽度認知障害(MCI)の有病率の合計値は約28%(2022年時点)だという。約3.6人に1人は認知症のリスクがあり、それは年齢が上がるにつれて大きくなっていく。
つまり、内臓が丈夫でがんなどの病気につかまらず長生きできた人は、そのぶん認知症のリスクが高まるまで生きてしまうということだ。


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