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キャリア・教育

【東大21人・医学部191人合格】新御三家でも突出、豊島岡女子学園が圧倒的な進学実績を叩き出す理由

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豊島岡女子学園
東京・豊島区にある豊島岡女子学園(写真:MARODG / PIXTA)
  • 久保 佳那 ライター・ブックライター
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豊島岡女子学園校長 竹鼻志乃氏(写真:筆者撮影)

「他校で教えることは選択肢にありませんでした。私にとっては、豊島岡に就職したという感覚です。母校を良い学校にしていきたい、という気持ちでした」

93年に着任し、99年から2年間は休職し、配偶者の海外転勤に帯同してアメリカ・セントルイスで暮らした。その経験は「豊島岡のグローバル教育推進の原点になっている」という。

「改革嫌い」の校長が受け継いだもの

豊島岡は1940(昭和15)年、第4代校長に二木謙三氏が着任して以降、5代目の友吉氏、6代目の謙一氏と二木家に受け継がれてきた。竹鼻氏は、謙一氏が10年間校長を務めた後、校長に就任した。

校長就任について考えるきっかけになったのは、2012年の創立120周年記念式典でのことだ。式典のビデオの中で、前同窓会会長がこんな話をしていた。「友吉先生は、母校を良くするのは卒業生だと、よくおっしゃっていました」。

壇上で司会をしていた竹鼻氏は、その言葉が心に残った。竹鼻氏が生徒だった頃、教員として着任した当時の校長は、5代目の友吉氏だったからだ。

「校長になってからも、学校の中で校長という役割を果たすだけだと考えています。私は改革が好きではないんです。二木友吉先生の『常により良くしていく』という姿勢を引き継いできたいと思います」

竹鼻氏が就任後に力を入れたのが、校訓の浸透だ。豊島岡では「道義実践・勤勉努力・一能専念」の3つを校訓として掲げている。

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