さらに、医学部合格者数も、26年実績では191人の実績を誇る。この実績は女子校だけでなく、男子校を含めてもトップクラスだ。
こうした実績の背景にあるのが、理系志望者の多さだ。25年卒業生の理系志望率は69.8%にのぼる。理系進学志望率が上昇したのは1999年のことで、それまで40%台だったところが一気に58.1%となった。
校長の竹鼻氏は次のように語る。
「以前も今も、学校側で理系を推奨しているわけではありません。ただ、1999年頃に理系志望者が一気に増え、その後はずっと半数を超えています」
背景には、医師・薬剤師・歯科医師といった国家資格への関心の高まりや、理系職種への社会的評価が上がったことが考えられるが、竹鼻氏自身も「明確なきっかけはわからない」と話す。
「もともと学びへの意識が高い生徒が入学していて、女子校ゆえにアンコンシャス・バイアスがないので、自分が興味・関心のある分野を気兼ねなく選べます。その環境が、理系選択を後押ししているのではないでしょうか」
卒業生が母校の校長になった理由
豊島岡の変化を語る上で、13年に校長に就任した竹鼻氏の存在は大きい。竹鼻氏は85年の卒業生であり、筑波大学で生物学を学んだ後、民間企業の研究所に4年間勤務した。豊島岡の教員になったきっかけは、豊島岡の100周年記念祝賀会に出席したことだったという。
「サンシャインプリンスホテルの会場には入りきれないほどの人が集まり、活気に満ちていました。母校の発展がとてもうれしかったですね」
大学で教員免許を取得していた竹鼻氏は「豊島岡で教員をするのもいいかもしれない」と思ったが、当時は就職4年目で現実的ではなかった。
しかしその後、竹鼻氏は生物の教師から「来年、産休を取る教員がいる」という話を耳にする。これがきっかけとなり、93年から豊島岡に生物の教師として着任することになったのだ。


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