こうなると、日本のメディアも、世論も、急に明示的に利上げを日銀に求めた。そして、日銀はそれに屈したように、突然、幹部がタカ派発言ばかりをあらゆる場面でするようになった。「独立性はどこにもない」、ということを自ら証明した。しかも、海外の政治家からの攻撃に屈したのだ。
不思議なことに、利上げはもっとも日銀が求めていたものだったのだ。これぞ「ガイアツ」しか頼れなかった、1980年代のどこかの官僚たちの二の舞で、今後、日本の政策はすべてアメリカに従属していくようになるだろう。アメリカの投機家たちにますます舐められていくようになるだろう。
しかし、この期に及んでも、アメリカFEDと異なり、日銀は一枚岩になれない。リフレ派の審議委員たちは依然時限爆弾のようなものだし、エコノミストになった日銀OBたちは、利上げペースが加速云々とコメントしている。この危機的状況で、ペースもくそもない。上げるときには上げる。必要な分だけ上げる。ペースを保つことではなく、正しい金融政策に一刻も早く少しでも近づくことが必要なのだ。危機感がまるでない。
チームとして団結できない日本は、もはや国体の危機
こうした中で、日本のトップは、あらゆる意味で、財政だけでなく、経済にもダメージを与える意味不明の食料品減税、その後の増税プランの実現に躍起となっている。
今後、1%への引き下げ前の買い控え、8%引き上げ前の駆け込み需要で景気は大混乱となる。農業や小企業の人々は、この変化について行けないから、補助金をばらまき、外食産業も悲鳴を上げるから補助金をばらまき、8%に戻すときには、再び補助金をばらまき、結局、8%に引き上げるときには、国民の声を聞いたと称して、引き上げを事実上無期延期するだろう。
「そんなことは絶対しない」と、市場の攻撃をかわすためだけに「必ず引き上げる」「(食品減税で)国債は追加発行しない」と、言葉だけで約束する。しかも、国民もメディアも「国債発行しないで済むのであれば、その財源があるなら、食料品消費税引き下げで、2年だけのために、ただ混乱を引き起こすためだけに、自分の選挙公約を守るという見栄のためだけに毎年5兆円使うのでなく、ほかの成長投資に追加で使ったらいいじゃないか、教育投資、地方投資をしたほうがいいじゃないか」という声すら出てこない。
国難に際して、誰も危機感を持って行動しない。どうなっているのか。
かつて「政官財が一体となった日本株式会社」とアメリカに畏れられた国とは、いったいどこの国のことだったのだろうか。その残骸はどこにあるのだろうか。
これは、日銀の危機であるだけでなく、日本という国体の危機だ。国がチームとして、一致団結することのない国は、ただ衰退の道を歩むだけだ。しかも、自ら望んで(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が競馬論について語ったり、週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。


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