実はこの朝ラーメンには、三田さんが15年以上にわたって考えてきた「ラーメンを朝食として根付かせるにはどうしたらいいのか」という問いが込められている。
そして、その背景には三田さんが長年愛してきた「松屋」の存在もある。
「六厘舎」の次に、なぜ「参厘舎」なのか。話を聞くと、それは単なる新ブランドの誕生ではなく、三田さんがこれまで作ってきたブランド、そしてラーメンという食べ物そのものについて考え続けてきた、その先にある店だった。
『三輪車』でいこうと思っていたんですが…
「参厘舎」という名前は、今回新たに思いついたものではない。
「六厘舎が大崎に1店舗しかなかった時代から、次にやるなら『さんりんしゃ』っていうのはずっと考えていたんですよ」
六厘舎の次の店を作る。そのときは「さんりんしゃ」にする。そんな構想を持ちながらも、実際には別のブランドが先に生まれていった。
「六厘舎の次に『さんりんしゃ』をやろうぜって言っていたんだけど、結局は『ジャンクガレッジ』を作ったり『タンメン トナリ』を作ったり別のブランドが走っていった。そして、今回こそ『さんりんしゃ』を作ろうと思ったんです」
ところが、いざ名前を出すと周囲からストップがかかった。
「スタッフに『三輪車じゃないですか』って言われて大反対されました。本当は漢字表記も『三輪車』でいこうと思っていたんですが(笑)」
そんな紆余曲折を経て、ようやく実現したのが今回の「参厘舎」だ。
なぜ今なのか。三田さんの答えは明快だった。
「東京駅の東京ラーメンストリートには、既に六厘舎があります。ここはうちの基幹店です。だったら、『六厘舎』をもう一つ作るのではなく、今こそ『参厘舎』を作るチャンスだなと思ったんです」
六厘舎がすでに強い存在感を持っている東京駅だからこそ、別のブランドを立ち上げる意味がある。それが今回の「参厘舎プロジェクト」のスタートだった。ちなみに「六厘舎」の“六”は、三田さん自身のラッキーナンバーから来ている。


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