道行竈(みちゆくがま)は、人口32人のいわゆる限界集落です。東京から新幹線と在来線を乗り継ぎ、伊勢市駅からさらに1時間ほど自動車で山道を移動した先にこの集落はあります。
リアス海岸で入り組んでおり、海の波は湖のように穏やか。昼は美しい緑が広がり、夜は星が見える、静かで穏やかな場所です。
東京大学に入って1年目の夏、大学の課外活動プログラムで私ははじめてこの集落を訪れました。
その後、現地の人たちの温かさや、地域活性化への取り組みに惹かれ、現在は現地法人であるNPO法人チーム道行竈に、東京のメンバーとして参画しています。
平家の子孫が暮らす集落
この集落がある三重県南伊勢町には「竈」という文字の入った集落が7つあり、総称して「竈方集落」と呼ばれています。
かつて源平合戦で平氏が都を落ちたのちに戦線離脱し、那智の沖で入水自殺した平維盛の子である岸上行弘の一族が熊野から入植したのがはじまりとされています。そんな経緯から、この集落は“平家の子孫が暮らす集落”と呼ばれることもあります。
やってきた平家の落人たちは、なんとかこの地で生計を立てようと奮闘しました。しかし当時、漁業権は先住民にありました。
そこで彼らは、海水を炊いて塩を作ることにしました(その際に塩竈を使っていたことから、『竈』という文字が使用された集落名がついたと伝わります)。その後、南北朝から戦国時代にかけて、竈方が所有する山林は北畠氏による保護が与えられたといいます。


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