こうした“伝統を後世につなげるプロジェクト”は結果として「集落の歴史をもう一度再確認する機会」となり、住民のアイデンティティを刺激しました。そこから、
「今はほとんど誰もやらなくなった竈方の塩作りを復活させてみよう」
「耕作放棄地になった水田を復活させて、日本酒を造ってみよう」
と言い出す住民が現れはじめます。
こうして、祭りの復活が、地域活性化に対する住民の積極性を引き出す結果をもたらしたのです(この日本酒プロジェクトのその後については「《後編》人口32人《リアス海岸に佇む限界集落》で造る日本酒が「東大祭で飛ぶように売れた」ワケ 住民と東大生が挑んだ事業の全容」で詳報しています)。
わたしが集落を訪れたとき、住民のみなさんは祭りの写真や様子、祭りの際に使った道具などをたくさん教えてくれました。その時は、生まれ育った土地を大切に思う気持ちの強さにただ驚いたのですが、その背景には、伝統ある限界集落として“ただ限界を迎えるのを待つ”ことに抵抗する矜持があったのだと、今は思います。
そしてそれらの取り組みはいま、実際に地域に経済的恩恵を与えつつあります。
塩作りや日本酒造りは、その歴史的背景や取り組みの意義に共感する人を引き寄せ、わたしのように継続的に集落に関わる若者が現れたほか、実際に移住する人も現れました。
さらに、プロジェクトは都市部へも広がりつつあります。塩や日本酒といった商品を通して、南伊勢町や竈方集落のことを知る人が増え、その文化に深く関心を持つ人の輪=「関係人口」が広がっているのです。
「集落の消滅」という目を背けることができない問題
「歴史的な祭りの復活によって地域に賑わいの兆しが芽吹いた」
ということは事実なのですが、明るい話題の一方で、「集落の消滅」という目を背けることができない問題もあります。
竈方集落の中には「人口6人の集落」があります。その集落は住民のほぼ全員が後期高齢者と呼ばれる年齢です。自動車などがなければ生活そのものが厳しい場所なので、現実的には10年、20年ほどで人口がゼロになる、すなわち集落としては消滅するシナリオにかなりリアリティがある集落です。


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