新浪:厳しい言い方かもしれないが、ミドルパワー同士がどれほど集まって連携を主張したところで、米中の覇権に対抗できるような実効力を持つことはできない。なぜなら、ミドルパワー諸国には「基礎的なR&D(研究開発)と技術力」の集積が致命的に不足しているからだ。
例えばASEAN諸国は基礎的なR&D基盤をほとんど持っていない。ヨーロッパ諸国には独自の技術があるが、米中の投資規模と開発スピードを前に劣勢を強いられている。技術力という裏付けのない国家連合がいくら政治的メッセージを発したところで、世界の地政学的なパワーバランスを変えることはできない。
日本の勝ち筋は、ミドルパワー論に逃げ込むことではない。あくまでも世界最強の基礎技術と投資力を誇るアメリカと深く組み、日本の誇る精密製造技術や数学力、基幹素材を組み合わせて、「日米不可分」の技術アライアンスを築くこと以外に道はない。
日本にとって千載一遇のチャンス
塩野: 先端技術のガバナンスにおいて、現在EUの「EU AI Act(AI法)」や日本の「広島AIプロセス」など、ルールメイキングの動きが盛んだ。しかし、生成AIなどのフロンティアモデル(最先端の汎用AIモデル)を自国で保持していない国がルールだけ作ろうとしても、米中から「で、君たちはモデルを持っているのか?」と問われた瞬間に立場を失ってしまうという弱みがある。
自国でデータやAIの主権を握る「ソブリンAI」の必要性が叫ばれているが、日本企業や政府はどう向き合うべきだろうか。
新浪:現実的に考えて、現在の生成AIや大規模言語モデルの層で、日本がアメリカ(オープンAIやアンソロピックなど)に真っ向から勝負を挑んで逆転することは不可能である。ソブリンAIを叫んでも、アメリカのプラットフォームに頼らざるをえないのがこの10年の現実だ。
だからこそ、日本が狙うべきは「その次の10年」の覇権である。次の主戦場は、量子コンピューターだ。
量子コンピューターの核心は、高度な数学的論理と物理演算である。日本には伝統的に、東京大学、京都大学、東京科学大学(旧・東京工業大学等)をはじめとする世界トップクラスの「数学的知力」が存在する。
現在、日本は量子コンピューターの開発で米IBMなどの技術を借りて進めているケースを耳にするが、この演算能力の核心部分までアメリカに依存してしまうと高次元での逆転は絶対に望めない。
アメリカが現在、移民ビザの発行規制を強めていることは、日本にとって千載一遇のチャンス。インド工科大学(IIT)などを卒業した世界最高の数学者やエンジニアたちが、アメリカのビザを取得できず行き場を探している。彼らを高額な報酬とすばらしい住環境で日本の大学・研究機関へ迎え入れるべきだろう。
「日本にスタンフォード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)を創設する」くらいの気概で、国の予算を数学と量子コンピューター領域へ集中投資する。これこそが、10年後の世界で日本が絶対的な存在感を取り戻すための最大の「勝ち筋」だ。
ーー経済産業省などの予算概算要求を見ると、戦略17分野などに広く浅く分散投資される傾向があります。
新浪: 民間議員として経済財政諮問会議や成長戦略会議に11年関わってきたのでわかるが、行政の予算は政治的配慮から各業界へ配分せざるをえず、「広く浅く」になりがちだ。しかし、ビジネスの論理は違う。絞り込んで集中投資しなければ勝てない。
政治やメディア向けには広く見せつつも、実質的な国家戦略としては量子コンピューターやフィジカルAIといった限られた勝負どころに巨額の資本と優秀な人材を集中的に投下する必要がある。
粗利益率を改善せよ
ーー 最後に、日本企業がこうした地政学リスクを克服しグローバルで勝つための「組織・ガバナンス改革」と「財務戦略」について、どう考えますか。
新浪:日本企業の取締役会は、根本的なトランスフォーメーションが必要だ。
現在の多くの日本企業の取締役会には、弁護士や公認会計士の先生方は大勢いるが、「地政学の専門家」や「実際に企業経営を修羅場として経験してきた人間」がかなり不足している。CEOとして自ら最終決定を下してきた経験を持つ人間、それも退任後5年以内の現役感のある人間でなければ、CEOの本当の悩みや地政学的な判断に寄り添うことはできないだろう。
塩野:地政学の文脈でいうと、 取締役会やアドバイザリーボードの中に、地政学の専門家を少なくとも1人は入れるべきだ。「世の中の情勢がこう変わり、地政学リスクがここにある」という前提から取締役会の議論が始まらなければ、グローバル企業との戦いには勝てない。
地政学リスクをしっかり理解しておくことで、不確実性に対する「リアルオプション(選択の余地)」を持てるわけだ。
新浪:そのとおりだ。地政学の専門家を入れることで、取締役会のあり方が大きく変わると思う。取締役会の改革を進めなければ、多くの日本企業は生き残れない。
取締役会主導で最も改善しなければならないのが「低い粗利益率(売上総利益率・マージン)」からの脱却だ。地政学リスクへの対応、BCP(事業継続計画)の策定、サプライチェーン複層化に対応するには、莫大なコストがかかる。そのコストを吸収しリアルオプションを持つための原資を生むのは、高い粗利益率だ。
日本の企業はいまだに国内の不毛なシェア争いに終始し、低い粗利益率のまま事業を続けているため、地政学的なショックが起きたときに耐えきれず、株価も低迷してしまう。例えば飲料でいうと、国内各社がみんな同じ日本市場で、同じルールでやっている。
しかし、米コカ・コーラはモデルが全然違う。シロップ(原液)を世界各地のボトラーに売ることでものすごく大きな利益を出している。高い粗利益率を生み出す独自の強みを持ち、グローバル市場で稼ぐ経営へ脱皮することこそが、地政学時代における最大のレジリエンス(復元力)を生む。
ーーこうした経営改革を進めるうえでの経済団体の役割についてはどう考えますか。
新浪:例えば経済同友会においては経営者同士が各種勉強会を開いている。こうした場で切磋琢磨し、「自社の取締役会をどう変えるか」「粗利益率をどう高めるか」「地政学リスクにどう立ち向かうか」を互いに感化し合うことが、日本経済全体の底上げにつながる。これは間違いない。
地政学的な激動は、リスクではあるが、日本企業が構造改革を果たしてグローバルで飛躍するためのチャンスだ。自ら首を突っ込み、変化を恐れずに挑む経営者が一人でも多く現れることを期待したい。


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