著者はPEファンドの問題を、短期保有、過剰債務と手数料、法的・金銭的責任の回避という3つに整理している。この整理は明快だ。本書を単に個別企業の不祥事集に終わらせない力を持っている。PEファンドは悪人だという話ではない。
著者の主張の正当性は、同じような問題が繰り返される理由を、個々のファンド運営者の倫理観ではなく、PEファンドというビジネスモデルが生み出すインセンティブの中に見いだそうとしている点にある。
コーポレートガバナンス論への不穏な示唆
ところで、この種の本の翻訳は往々にして原文に忠実すぎて読みにくいか、流暢な日本語だが、専門家から見ると用語の意味に違和感が残る。本書はそのディレンマをかなりうまく解決している。業界用語を無理に訳さず、自然に説明するためテンポがいい。翻訳のクオリティの高さも本書の特徴として見過ごせない。
さて、私は本書を「PEファンドに対する告発本」として読むより、「企業価値という言葉がいかに簡単に悪用されるかを示した本」として読むべきと思う。
PEファンドはしばしば、自らの行動を企業価値向上と説明する。しかし、ファンドの投資収益が、もしも従業員の教育、設備の更新、研究開発、顧客との信頼を削って生まれたものであるとすれば、それは価値創造ではなく、企業の将来を食いつぶしているにすぎない。
あたかも企業の冷蔵庫に保存してあった食料を食べ尽くして、「本日のキャッシュフローは良好です」と報告しているだけかもしれない。
ここには、近年のコーポレートガバナンス論への不穏な示唆がある。資本効率、余剰資金、株主還元、事業ポートフォリオ改革という言葉が、それ自体として悪いわけではない。
しかし、企業を継続的な価値創造の主体ではなく、換金可能な資産の集合として見るようになれば、日本企業のガバナンス改革も本書の世界と無縁ではない。
アクティビストとPEファンドは同じではないが、企業の内部に蓄積された見えにくい価値を「使われていない資本」とみなす点では、両者の距離は世間が思うほど遠くない。


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