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「静岡の上沼恵美子」と呼ばれて…年間CM18社、定員120名のファンツアー即完売の"女王"が経験した「3度の仕事ゼロ」の危機

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久保ひとみさん
県外に進学・就職した人はこの笑顔を見て「静岡に帰ってきた」と安心するという(写真:筆者撮影)
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大阪で磨いたトーク力、持ち前の明るさ、NGなしでどんな仕事も進んで取り組む姿勢。仮装など、体を張る仕事もできるリポーターとして評価され、徐々にオファーが増えていく。週2回のラジオ出演、隔週のロケ収録にくわえ、イベントに呼ばれたこともあった。軌道に乗ったとはいえないが、「いい感じに回ってきたかもしれない」と感じ始めていた。

妊娠で番組を「卒業」、また仕事がゼロに

ラジオとテレビの仕事を続けながら、1997年12月には結婚。公私ともに順調に思えたが、ほどなく妊娠がわかり、状況が一変する。体調を優先し、出演していた番組を「卒業」することになったのだ。

当時は、会社員のように産休や育休を取れる環境ではなかった。番組の卒業は、事実上の「失業」を意味していた。

「しばらくは子育てに専念かな」と考えていたものの、心のどこかで「また仕事がゼロになっちゃったな」という思いもあった。初めての子育てによる不安から、社会とのつながりが断たれたような感覚にも襲われたという。

お子さんと一緒に(写真:久保ひとみさん提供)

風向きを変えたのは、1本の電話だった。

静岡第一テレビ『まるごと』で一緒に仕事をしていたスタッフから、「『まるごと』が2時間枠に拡大した。でもリポーターが足りない。月1回でもいいから復帰してもらえないか」と連絡が来たのだ。当時、子どもはまだ生後4カ月。家族と相談し、「月1回ぐらいなら」と返事をした。

その2カ月後、今度はラジオ局から「週2回でいいから復帰できないか」と連絡がきた。まさかの連続オファーだった。

「子どもが小さかったので、復帰するかはかなり悩みました。でもせっかく声をかけていただいて、また社会とつながるチャンスでもあるのかなと思って。戻ることに決めたんです」

住んでいたエリアは待機児童が多く、預け先を探すのに苦労したが「週に2回ならなんとかお預かりしましょう」と言ってくれる保育園と巡り合い、無事に復帰を果たした。仕事の勤務時間を調整してくれた夫や母と協力し、コツコツと、地道に仕事を続けた。

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