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「静岡の上沼恵美子」と呼ばれて…年間CM18社、定員120名のファンツアー即完売の"女王"が経験した「3度の仕事ゼロ」の危機

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久保ひとみさん
県外に進学・就職した人はこの笑顔を見て「静岡に帰ってきた」と安心するという(写真:筆者撮影)
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やっと掴んだ大阪の仕事を手放すことにはなったが、久保さんが選んだのは父との時間だった。余命宣告から約1年が経った1995年12月。父が亡くなった時にあふれたのは「最期はずっと一緒にいられてよかった」という思いだった。

カセットテープ1本で掴んだ、静岡での再スタート

父の死後、残された母のことを考え、静岡で仕事を探すことにした。コネもツテもない状態からのスタートだったが、活動のさなかに出会った知人から、静岡のラジオ局K-MIX(静岡エフエム)のパーソナリティの仕事を紹介され、すぐに応募した。

大阪時代のラジオ番組を収録したカセットテープを持って「私はこういう感じでしゃべっていました」と伝えた。すると担当者から「面白いね」と言われ、その場でオーディションに誘われる。そして1996年4月、故郷の静岡でラジオパーソナリティとして仕事を再開した。

1996年、静岡でラジオパーソナリティとして仕事を再開(写真:Fast&Slow/PIXTA)

次は、テレビだ。K-MIXのラジオ番組が始まってまもなく、今度はテレビ番組のリポーター募集の知らせを受け、オーディションを受けた。そして同年の秋頃から、リポーターとして地上波デビューを果たす。その番組こそが、30年経った現在もレギュラー出演している『まるごと』(静岡第一テレビ)だ。

『まるごと』に出演中の久保さん(左)とタレントのみやぞんさん(画像:静岡第一テレビ『まるごと』公式ページより)

「当時は静岡のメディアがここからっていうタイミングだったのか、トントンと仕事が決まったんですよ。運もあったと思うんですが、やっぱり大阪で仕事をしていたのが大きかったですね。雑談ひとつとっても、何か言われたら返さなきゃいけない土地柄で鍛えられました。あの頃の経験がなかったら、多分、今の私はないと思います」

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