性的消費という言葉が非難含みの文脈で用いられる時、私たちは経済学的な〈消費〉との関係を見出すことは困難に見える。このことは、上述した疑問や批判が出てくる理由の一つを構成していると考えられるでしょう。
では、こうした文脈で〈消費〉は、何を指し示しているのでしょうか。そしてなぜ性的消費という言葉は、使われ続けているのでしょうか。
性的消費の〈消費〉性
この問いに答えることは、性的消費という言葉をめぐる混乱や論争に対し、これまでとは異なる観点から解を与えることにもなります。
今まで投げかけられてきたこの言葉に対する疑問の多くは、何を性的なものと見なすのか(性的かどうかをなぜ判定できるのか)というだけでなく、「性的」と「消費」という言葉の結びつき(性的なものを消費するとはどういうことか、それはなぜ悪いのか)にもしばしば向けられてきました。つまり、〈消費〉を使って他者の振る舞いや特定の表象を批判することが、そもそも可能なのかが問題化されてきたのです。
一方、この性的消費と関連する諸問題について取り扱ってきた研究は、前者の問題、すなわち性的とは何か、それはなぜ悪い/悪くないのか、という点を集中的に分析してきました2。
これは、ポルノグラフィ研究の分厚い蓄積を考えれば当然と言えますが、他方で性的消費という言葉の難しさは、これまで十分に説明されてきたとは言い難い状況にあります。つまり、性的という概念をめぐる疑問については、様々な立場から数多くの意見が用意されてきたのに対し、〈消費〉についてはほとんど議論がされていません。
経済学的な範疇に必ずしも属していないように見える事象に対し、〈消費〉を当てはめることの可能性は、いかに歴史的に形成されてきたのでしょうか。


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