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小田急小田原線小田原駅長に聞く「終点」駅の裏側 実は乗り入れ鉄道会社数が日本屈指のターミナル

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小田急電鉄 小田原駅長
小田急電鉄の後藤晃伸小田原管区管区長兼小田原駅長(記者撮影)

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【写真を見る】小田急小田原線小田原駅長に聞く「終点」駅の裏側 実は乗り入れ鉄道会社数が日本屈指のターミナル(50枚)

「シネマ見ましょか お茶飲みましょか いっそ小田急で逃げましょか」は佐藤千夜子が歌った『東京行進曲』(西條八十作詞・中山晋平作曲)に出てくるフレーズ。1929年、菊池寛原作の小説をもとにつくられた映画の主題歌で、当時大流行したという。

「小田急」という略称は小田急電鉄がまだ「小田原急行鉄道」として歩み始めたばかりのころからあるにはあったらしい。

小田急小田原線の終点

『小田急五十年史』は開業当初の呼称について「新聞記事から拾うと、小田原急行電車、小田原急電会社、小田原高速度電車、小田原高速鉄道とさまざまで、略称も小田鉄、小田急、小田急鉄、小田原急鉄、小田原電鉄と一定していない」と説明。「それが“小田急”にほぼ統一されるようになったのは、短くて語呂がいいこともあったが、やはり西條八十の『東京行進曲』に負うところが大きかった」とみている。

小田原急行鉄道は27年4月1日、新宿と小田原を結ぶ小田原線を一気に開業させた。29年に江ノ島線の営業を開始している。「小田急電鉄」となったのは41年のことだ。第2次世界大戦後の50年に小田原から箱根登山線の箱根湯本まで小田急車両が乗り入れるようになった。

現在は「小田急ロマンスカー」を看板列車とする鉄道事業のほか、沿線を中心に不動産やホテル、商業施設を展開するグループに成長した。オシャレなイメージの確立に成功したといえる「小田急」ブランドだが、その原点には「小田原」という地名がある。

【写真を見る】社名はまだ「小田原急行鉄道」だったが「小田急電車」の看板を掲げていた1930年代の小田原駅。5つの鉄道会社が乗り入れる一大ターミナル、現在の小田原駅と見比べる。普段は関係者以外立ち入ることができない駅の裏側も
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