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「宇宙進出」で市場拡大の限界を超えられるか 人類史20万年の旅路が突きつける「地球倫理」という解

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都市の風景と地球
グローバリゼーション3.5は、地球を一つの有限なシステムとして理解する世界観である(写真:vectorfusionart/PIXTA)
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これはここまでの流れの全体、つまりホモ・サピエンスの地球上の拡散から始まったグローバリゼーション1.0以降の全体からの、根本的な転換を意味するだろう。

ここにおいて、「そんな転換が可能なはずがない。なぜならこれまで人類はひたすらグローバリゼーションを“拡大”する方向で進んできたのだから」という意見がある。

しかしそれは正しくない。なぜなら、これまでにもグローバリゼーションの内容あるいは方向性を大きく転換することは現に起こっているからだ。

読者の方々は想起されたかと思うが、それはグローバリゼーション2.5の枢軸時代/精神革命にほかならない。

すなわち、先ほどすでに述べたようにグローバリゼーション2.0、つまり農耕文明が進展して人口や生産規模が大きく拡大し、都市文明や古代国家が生成し、その結果として資源の枯渇や環境の劣化、そして有限な食糧や土地等をめぐる紛争や戦争、分断が激化していた。

そうした状況において、それまでの発展の方向を転換し、限りない資源消費の拡大を伴わないような新たな価値や「幸福」のかたちを提起する諸思想がこの時期に生まれ、人類はひとまず破局的な事態を回避することができたのである。

しかもそれは先ほど指摘したように、グローバリゼーション1.0(ホモ・サピエンスの拡散)や2.0(農耕と言語集団の拡散)のような物質的・外形的なグローバル化ではなく、新たな思想や観念、倫理の拡散というグローバル化だった。

もしかしたら、枢軸時代における普遍思想の生成がなければ、人類はグローバリゼーション2.0の段階で戦争や環境破壊で滅んでいた可能性があると考えることもできるだろう。いずれにしても転換は十分可能だし、かつ不可避なのだ。

「宇宙」をどう考えるか

一方、ここで論じている「グローバリゼーション3.5(=地球そのものを一つの生態系として認識し、その持続可能性を重視する)」の議論については、次のような反論もありうるだろう。

それは、「そんな面倒なことを考えなくても、人類は『宇宙』に進出ないし拡散していけばよいのではないか」という考えだ。

結論から言うと、私はこうした議論(宇宙進出による解決)には懐疑的であり、その理由は次の2点にある。

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