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マウントを取るための「教養」の罠 山口周×楠木建が考える、役に立たない「知識」と「知恵」の違い

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教養や知識をマウントの道具にしてしまう「残念な人」の特徴とは?(写真:miya227/PIXTA)
  • 山口 周 独立研究者・著作者・パブリックスピーカー、ライプニッツ代表
  • 楠木 建 一橋ビジネススクール特任教授

INDEX

定期的な教養ブームの背景にある「ビジネスパーソンの逃避」と「知識のマウント化」。仕事の成果ではなく知識の多さを誇る「残念な教養」に陥る構造を、楠木建と山口周の対談書籍『知的生産のセンス』より一部抜粋のうえ、解説します。

「教養ブーム」の危うさ

山口:過去の歴史を振り返ると、知的生産というテーマに関連して定期的にやってくるのが、いわゆる「教養ブーム」というやつです。最近でも、某ビジネス雑誌が「リベラルアーツ特集」を組んでいましたけど、ちょっと危ういなという気もするんです。

なぜなら、「教養」というのは一種の逃避になる可能性があるからです。ビジネスパーソンに当てられるモノサシの筆頭は「仕事ができる、できない」ですね。先に出した楠木先生との共著も『「仕事ができる」とはどういうことか?』というタイトルで、まさにこの問題を扱ったわけです。

で、あらためて考えてみると、現在の社会では「仕事ができない」というのは最後通牒のようなところがあって、そう言われてしまうと、もう本当に立つ瀬がない。「仕事ができる、できない」で、世の中を二つに分けると、救われない人がかなり出てきちゃうわけです。ところがここに「教養がある、ない」という、二つ目のモノサシを持ち出すと、救われない人が「一発大逆転のマウント」を取り得る可能性が差し出される。

「仕事ができる、できない」という縦軸と、「教養がある、ない」という横軸で組み合わせると、「仕事はできない」だけでは救われなかった相当数の人が「仕事はできない、けど教養はある」というポジションをとって、「仕事はできる、けど教養はない」という人に対してカウンターを打てる。

加えて指摘すれば、「仕事ができる」はかなりの程度、センスに依存するわけですが、「教養がある」は努力に依存するので、頑張ればそれなりに取り得るポジショニングなわけです。

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