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マウントを取るための「教養」の罠 山口周×楠木建が考える、役に立たない「知識」と「知恵」の違い

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教養や知識をマウントの道具にしてしまう「残念な人」の特徴とは?(写真:miya227/PIXTA)
  • 山口 周 独立研究者・著作者・パブリックスピーカー、ライプニッツ代表
  • 楠木 建 一橋ビジネススクール特任教授
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楠木:断片的な知識が因果関係についての論理でつながって、しかも次の思考のために作動可能な状態になっているもの、ですね。

山口:そう、だからアプリカブル(適用可能)になるわけですよね。知識を入れているだけだと、限定的な局面でしか使えません。

「知識が知識のまま出てくるのはアウトプットではない」

楠木:周さんの言う「教養マウント」や「知識マウント」は、ひたすら「ストレージを大きくすること」を目的にしてしまうということですね。「俺の倉庫を見に来いよ、すげーぜ」みたいな。

山口:そうですね。そして、その「巨大な知的倉庫を脳の中に作ろう」という誘引を駆動する、憧れ用語としてあるのが「博覧強記」ということだと思います。

楠木:実際にびっくりするほど博覧強記の人はいますからね。

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山口:「あの人は博覧強記で」と言われると嬉しくて仕方がない。知的な努力の方向性が、「知的生産のパフォーマンスを上げる」という方向ではなく、「あの人は博覧強記」という自己ブランディングのほうに向かうと危険ですね。会議や会食の場で「シェイクスピアのリア王にこういうセリフがあって」と言いたくて、やたらとシェイクスピアのセリフを暗記するとか。

楠木:暗唱できちゃう。

山口:こういう場合では、ストレージされた知識がある種のファッションというか、スノッブを気取るためのフリルになってしまっているわけですね。

楠木:知的生産において重要なのは、「知的」よりもむしろ「生産」です。生産するアウトプットの価値にこだわる必要がある。そこが抜け落ちると、どんどん趣味化してしまいます。

山口:「知識が知識のまま出てくるのはアウトプットではない」ということですね。

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