また、社会人になって読書量が減ったという別の参加者は、仕事の勉強で「読まなければならない本」が増えると、純粋に楽しむための読書が圧迫されてしまうと話した。
時間がない。スマホや動画にはすぐ手が伸びても、本を開いて物語に入っていくまでには時間がかかる。仕事で本を読むほど、趣味の読書から遠ざかる。
「本が嫌いだから読まない」のではない。「読みたいのに、読めない」のだ。では、そんな人たちが、なぜこの夜は本を開いていたのだろうか。
SNS時代でも、「本を読みたい」と思っている若者はいる
若い世代が「短く、速く、軽い」ものだけを求めているのかというと、そうではないようだ。
誘い合って神奈川から来た大学生ふたりは、普段から意識して読書の時間をつくっているという。その理由を尋ねると、「SNSよりも、本から得られるもののほうが多い」と感じているとのこと。
もちろん、本を読む時間そのものはひとりだ。この夜も、人工芝に座ったり寝転んだりした人たちは、それぞれ別の本を黙々と読んでいた。しかしひとりで読むことと、読書をひとりだけのものにすることは違う。
先の大学生のふたりは、人工芝で本を読む人たちを見て「自分以外にも本を好きな人って、こんなにたくさんいるんだ」と改めて感じたという。「本を読むという趣味を、大勢の人と共有できることが楽しい」とも話していた。
考えてみれば、読書はもともと、本を介して人とつながる営みでもあった。
同じ本を読んで感想を語り合う。誰かに薦められた本を読み、今度は別の誰かに薦める。本をきっかけに、自分とは違う考え方や人生について話す。
SNSによって、私たちは以前よりはるかに簡単に人とつながれるようになった。一方で、一冊の本を読み終えるまでには何時間もかかる。誰かとその感想を語り合うには、さらに時間が必要だ。SNSの速くて軽いコミュニケーションが増えるほど、読書を介した、時間のかかるコミュニケーションは日常から抜け落ちやすくなったのかもしれない。


※ログイン後、コメント入力が可能です。