けれど、それが求められなくなったわけではなさそうだ。
今年5月に東京ビッグサイトで開かれた、文学作品の展示即売会「文学フリマ東京42」には、過去最多となる1万8689人が来場した。 紀伊國屋書店の「KINOFES」、そして今回の「本パ」の盛況も、本を「読むもの」だけではなく、人と出会い、語り合うためのものとして楽しみたい人がいることの表れとも取れる。
私は、こうした読書のあり方を“パーティー型読書”と呼んでみたい。
ひとりで本を読む時間を大切にしながら、その体験を人と分かち合う。読んだ感想を話す。薦め合う。同じ場所で本を読むなど、新しいようでいて、実は昔からあった読書の楽しみ方だ。それをあえてイベント化することで、いまの時代に取り戻す試みなのではないだろうか。
書店は「本を売る」だけではなく、「本でつながる」場所へ
こうした読書を起点としたコミュニケーションを、これからどう生み出していくのか。
その担い手の一つとして期待されるのが、リアルな書店だ。前述したように、全国の書店数は減少を続けている。一方で、今回の「本パ」や「KINOFES」のように、書店は本を買うだけではない「体験の場」として、積極的な試みを行っている。今回の「本パ」も新宿の紀伊國屋書店を皮切りに、全国の書店で展開される。
紀伊國屋書店新宿本店のイベント運営担当者は、今回のような体験型イベントについて、「書店に行く理由や動機を作るために、その意味や重要性はますます高まっていく」と見解を示す。ネットで本を買えば、欲しい一冊にはすぐにたどり着ける。しかし書店には、そもそも自分が探していなかった本と出合う余地がある。
同担当者はリアル書店ならではの体験について、「たくさんの本に囲まれて『一生かかっても読み切れないな』という畏怖を感じること、その中からたった一冊を選ぶ楽しみや高揚感」を挙げた。
今回の「本パ」で参加者を見ていると、それぞれが自分なりの楽しみや高揚感を見つけ、それを共有していた。
自分が知らなかった本を手に取り、お互いのおすすめを教え合う。人工芝エリアでは、大勢の人がそれぞれ本を読みながら、ときに会話し、同じ時間を共有している。会話禁止の集中ゾーンで根を詰めて読書をしつつ、疲れたらDJフロアで音楽を楽しむ。そこには“ひとり”と“みんな”が共存する令和の“パーティー型読書”があった。
「本が読めない」のは、私たちの集中力や意志の弱さだけが原因ではないのかもしれない。ひとりで本を開く時間はもちろん大切だ。けれど読書を起点としたコミュニケーションが増えれば、本を読むことが、もっと日常に戻ってくるのではないだろうか?
真夜中の紀伊國屋書店で本を読む人々の姿は、これからの読書のあり方を考える、ひとつのヒントを見せてくれた。


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