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インパール作戦"始まりの激戦地"インド東部ジェサミを歩く――旧日本軍第31師団が残した爪痕

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キサマの戦争博物館に置かれていた日本軍兵士の写真(筆者撮影)

INDEX

インド北東部ナガランド州コヒマ近郊のキサマ村に、太平洋戦争の当時、イギリス・インド軍(英印軍)と旧日本軍が闘ったときの記録を残す博物館がある。館内には、82年前にこの地で展開されたインパール作戦を再現したジオラマや、英印軍が使用した銃器、旧日本軍の遺品などが並んでいた。

3年前の春にそこを訪れたとき、私は展示物のなかにあった1枚のセピア色の写真に目を奪われた。そこに写っていたのは、日本人の若い兵士たちだった。おそらく20代前半。まだ少年らしさを残した表情で、カメラを見つめていた。

写真はコヒマ市内で見つかったものだというから、ここに写っている青年たちはインパール作戦における最激戦の「コヒマ戦」を闘った旧日本軍第31師団(通称・烈師団)に所属していたと予想される。召集地は新潟、福岡、奈良県などだった(『勇士はここに眠れるか』全ビルマ戦友団体連絡協議会編より)。

その純真無垢な顔からは、この先、自分たちがどれほど過酷な運命をたどるのか想像しているようには見えなかった。

インパール作戦の若い兵士たち

インパール作戦は1944年3月に始まり、同年7月に旧日本軍の敗北で終わった。3万人以上の戦死者を出し、旧日本軍のアジアでの覇権を失墜させるきっかけにもなった。この作戦を指揮した牟田口廉也中将をはじめ、軍上層部の関係者については、たくさんの記録が残されている。

一方、この写真の若者たちはいったいどこへ行ったのだろう。どこを歩き、どこで倒れたのか。あるいは日本へ帰ることができたのだろうか。私は彼らのことが妙に気になった。名もなき彼らが見た風景を、自分の目で見てみたい。そう思い、第31師団について調べていくうちに、ある村の名前に行き当たった。

ジェサミ――。44年3月、第31師団がコヒマで激戦を繰り広げる前の前哨戦として、英印軍と最初の本格的戦闘を繰り広げた場所であり、多くの兵士が命を落とした土地だ。写真の若者たちもこの地を訪れた可能性がある。今年2月初旬、私はそのジェサミ村へ向かった。

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