インド・ナガランド州の玄関口であるディマプルから州都コヒマまで東へ約70キロメートル。まずは車で移動し、1泊した。ちなみにジェサミ村自体はマニプル州内なので同州のインパールから行くという手もあるのだが、距離がより遠くなることや外国人が同州に入るのに必要となるPAP(保護地域入域許可)と呼ばれる特別許可証が出発までに下りなかったことなどから、このルートは断念した。
コヒマから南西へ120キロメートルほど舗装道路と砂利道が入り混じる山道を進み、やがてマニプル州に入った。州境のジェサミ橋を渡ると同時に舗装は途切れた。赤土がむき出しの悪路を揺さぶられながらさらに車を走らせた。車は何度も大きく跳ね、砂埃が車内に入り込んだ。
切り立った山を縫うように続く細い道。向こうから工事用の車両や大型トラックが来れば、どちらかが慎重に端へ寄らなければすれ違えない。黄土色の道の下には深い谷が口を開けている。そうしてようやく、ジェサミにたどり着いた。合計で約8時間。
山を削った盛土の上に家々が肩を寄せ合うように建ち並んでいた。人影はまばらだ。遠い山あいの静かな集落――。ここが、かつて激戦の舞台となった場所であることを、すぐには結び付けることができなかった。
ジェサミの小さな博物館
村の人口は約3000人。日本で言えば高知県の土佐町ほどの規模の小さな村である。現在は豊かな自然と希少な野鳥が観察できるバードウォッチングの聖地として知られているものの、特産物といえるものはなく、コヒマやディマプルなどの都市へ出稼ぎに行く村民も多い。真実は定かではないが、旧日本軍の足跡をたどってここを訪れた日本人は、驚くことに私が初めてだということだ。
大型の南京錠を外して中へ通されると、10畳ほどの会議室のような部屋が小さな戦争博物館になっていた。四隅の壁には、ジェサミの歴史を描いた絵や写真が飾られている。
ひときわ目を引くのは、玄関から入って正面に据えられた1枚の大きな絵だ。横2メートルはあろうかという大きなキャンバスには、旧日本軍が初めてこの村に進駐してきたときの行列が描かれている。
兵士たちは隊列を組み、山あいの道を進んでくる。その様子はどこか素朴なタッチで表現されており、おそらく地元の人が描いたものだろう。
画面の中には旭日旗も描かれているが、細部は少しだけ実物と異なっているようにも見える。それでも、この村の人々が「旧日本軍がやって来た日」をどのように記憶し、語り継いできたのか――そのことが、まっすぐに伝わってくる1枚だった。
中央の机には両軍の遺物が並ぶ。英印軍の弾薬箱や薬きょう、シャベル。その隣に、旧日本軍の鉄帽や軍刀が置かれている。
「展示品はすべて村人が集めました。まだ事務所には多くが残っていますが、整理が追いつきません」
そう語ったのは村会議員のアセッウェザさんだ。

