迷いながら立ち続けたスタートライン
田中希実はこの半年間、何度もレースへの出場をやめようとしていた。
それでも、走ることをやめなかった。迷いながらも、スタートラインに立ち続けた。
約1年前の2025年9月、国立競技場は大観衆で埋め尽くされていた。世界陸上東京、女子5000m決勝。スタンドから降り注ぐ声援を背に、田中は12位でフィニッシュした。もう一つの出場種目だった1500mは予選10着。準決勝には進めなかった。
世界の12位と聞けば、十分に満足できる結果に聞こえるかもしれない。しかし、4年前に同じ場所で田中は、より世界のトップに近づいていた。だからこそ、今回の自国開催の大舞台を、消化しきれないまま後にすることになった。
田中は、その4年前にも同じ国立競技場を走っている。2021年8月、1年延期されて開催された東京五輪。無観客という異様な静けさの中で行われた1500m決勝で、田中は自身2度目となる4分切りの3分59秒95を記録し、8位入賞を果たした。
女子中距離種目での日本人入賞は、1928年アムステルダム五輪の人見絹枝以来93年ぶりという快挙だった。
長らく、日本の女子中距離界は国際舞台で存在感を示せずにいた。だからこそ、突如として登場した超新星に、テレビ画面越しで応援していた陸上ファンも、そして何より田中自身も未来に期待をした。
しかし4年後、満員の声援に包まれた同じ競技場で、思うような結果を残せなかった。経験を積み、記録も伸ばし、支えてくれるチームも厚みを増したはずなのに、結果を見れば世界との距離は広がっていた。
数字がそれを物語っている。2021年の東京五輪決勝で、田中は3分59秒95を記録して8位に入った。当日は4分を切れば、世界のトップ8に食い込める水準だった。
しかし3年後のパリ五輪、入賞ラインとなる8位のタイムは3分57秒52。その翌年、東京で行われた世界陸上の決勝では3分58秒09だった。もはや4分切りでは世界大会の入賞には届かない。
東京五輪の時点で、ほとんど実力が伯仲していた選手たちにも差をつけられた。
象徴的なのが、田中がベンチマークにしてきたオーストラリアのジェシカ・ハルだ。東京五輪の1500m決勝で、ハルは4分02秒63で11位。8位だった田中が先着していた。


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