『干禄字書』は約800種類の異体字を整理して、正・通・俗の3種類に分類しています。
ここにいう「正」は儒学の経典に根拠を持つ由緒正しい字形で、詔勅(しょうちょく)や役所が出す正規の公文書ではこれを使います。科挙の答案は非常に重要な文書ですから、もちろんこの字体を使わなければなりません。
次の「通」は、長い時間にわたって習慣的に使われて社会に定着している字体で、一般的な書類あるいは私信などで使用するぶんには差し支えないもの、「俗」は民間で広く使われてきたけれども、字形が間違っていたり、あるいは文献的にしっかりした来歴を持たないもので、商人の帳簿や処方箋など、日常的な使用には許容されるものです。
この『干禄字書』は、著者の一族で、後世に名を馳せる顔真卿(がんしんけい)が書いた文字が、石碑の拓本という形で広く流布し、あちらこちらで漢字の正俗判断に用いられ、日本にも早く輸入されました。のち清代に皇帝の命令によって『康煕字典』が作られるまで、漢字の正俗の判定は基本的に『干禄字書』に求められていました。
固有名詞の問題の解決は難しい
同じ意味を表す漢字が複数あれば文章表記の混乱をもたらすので、異体字を整理してできるだけ減らす必要があります。
実際に戦後の日本では当用漢字・常用漢字などの国語施策によって一定量の異体字を整理してきました。それは学校教育やマスコミの表記を通じて、今は社会にほぼ定着していると見受けられます。
ただし問題がまったくないわけではなく、特に最大の問題は人名・地名など固有名詞に使われる異体字で、そこには個人のアイデンティティが関係するので、そう簡単に整理はできません。
コンピューターを使っての漢字処理がどんどん進む今、通常の文章表記においては異体字の淘汰がこれからも積極的に推進されるにちがいありません。しかしそれでも固有名詞の問題を解決するのはそう簡単ではないようです。
新しい時代に応じた漢字の規範の策定が今こそ必要だと考えられます。
※『康煕字典』光緒11年同文書局刊本
※龍門石窟「牛橛造像記」国立文化財機構所蔵品統合検索システム
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TB-665?locale=ja



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