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「熊本に何しに行った?」 高市首相"PV風"視察動画が炎上も、メイクには絶賛の声…「配慮の向き先」で評価が一変のカラクリ

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高市早苗 熊本視察
熊本に自ら訪れ、直接被災者の声に耳を傾けたという、誠実さが伝わる動画のはずだった(画像:首相官邸公式X @kanteiより)
  • 宮本 文幸 「見た目」戦略研究家/桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授
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いずれも様式への配慮そのものは存在した。ただ、その向き先が「相手・状況のため」ではなく「自分のため」と解釈されてしまった点で共通している。

高市首相が被災者の手を握り、深く頭を下げるシーンも見られた(画像:首相官邸公式X @kanteiより)

「動画を配信しない」のが正解とは言えない難しさ

一方で、「ひっそりと被災地に赴き、動画のような発信をしなければよかったのか?」というと、話はそう単純でもない。

前述した「視察批判に反発」の声が13%見られたように、現地に赴いて被災者の声を聞くこと自体を評価する人も少なくない。視察した事実を発信しなければ「国民に説明する努力を怠っている」という別の批判を招きかねない。

涙ながらに支援のありがたさを語る被災者と対面する姿も撮影されていた(画像:首相官邸公式X @kanteiより)

つまり今回の一件は「発信するかどうか」ではなく、「どの様式で発信するか」という選択の問題だった。派手に演出しすぎれば「自分本位」と映り、無機質に処理しすぎれば「他人事」と映る。配慮の向き先が状況本位だと伝わる“ちょうどよい見た目”を選び取ることは、想像以上に繊細な作業なのである。

様式は、言葉の意味が脳に届くよりも先に、一瞬で、しかも無意識のうちに評価を下してしまう。そして一度下った評価は、あとからどれだけ言葉を尽くしても簡単には覆らない。政治家や芸能人といった表に立つ人だけでなく、ビジネスや日常生活においても肝に銘じておくべき“真理”だ。

【参考・引用文献】
※1:Jones, E. E. (1964) Ingratiation: A Social Psychological Analysis, Appleton-Century-Crofts.
※2:Burgoon, J. K. (1993) Interpersonal expectations, expectancy violations, and emotional communication, Journal of Language and Social Psychology, 12(1-2), 30-48.
※3:大坪庸介 (2015) 「仲直りの進化社会心理学:価値ある関係仮説とコストのかかる謝罪」『社会心理学研究』30(3), 191-212.
※4:Coombs, W. T. (2007) Protecting organization reputations during a crisis: The development and application of situational crisis communication theory, Corporate Reputation Review, 10(3), 163-176.
※5:Zajonc, R. B. (1980) Feeling and thinking: Preferences need no inferences, American Psychologist, 35(2), 151-175.

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