こうしたサメたちがいるエリアには石が置かれており、その上を飛び越えながら見て回れるようになっていた。だが、ネグレクトの影響もあり、当時の筆者は学年で1番背が低く、身体も小さかった。
兄の後ろを着いて回り、ぴょんと飛び越えたつもりが、うっかり足を滑らせてしまったのだ。「滑った!」と焦った時にはもう、どうすることもできなかった。
バシャッと音がして、じわじわと服が濡れていく。それだけならまだしも、筆者の周囲を泳ぐのはサメなのだ。あまりの恐怖にワンワンと号泣することしかできなかった。すぐさま助け出されたものの、あの日の恐怖は今なお新鮮に思い出せる。
夏休みの終わり、祖父母の家に迎えに来たのは父だけだった
真夏の大冒険を経て、ついに広島に帰る日がやって来た。だが、迎えの姿を見て首を傾げることになる。なぜなら、預けられた時には両親が揃っていたはずなのに、迎えに来たのは父だけだったからだ。今思えば離婚の話し合いをしていたのだから当然なのだが、当時の筆者にはなぜ母がいないのか分からなかった。
「ママはどうしたん?」
「家におるよ」
「何でおらんのん?」
「パパと喧嘩したんよ」
「ふーん、そうなんじゃ」
筆者は両親のうち、父の方が大好きだった。甘やかしてくれるからなど、そういう次元ではない。兄と筆者の身の回りの世話をするのは、ほとんどが父だったからだ。
もちろん、母も保育園の送り迎えなどはしてくれていたが、最後の1人になっても迎えに来てもらえず、真っ暗な中給食の余りのぶどうパンをもそもそ食べていた日も少なくなかった。


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