母の料理は覚えていないが、父が作ってくれたカレーの味は思い出せることからも、その頻度が高かったのだろう。こうした積み重ねの結果、筆者は父のことが大好き“だった”のだ。
7歳と9歳の子どもに突きつけられた、残酷すぎる選択肢
大冒険を繰り広げた夏休みの終わり、山口の祖父母の家から帰宅した筆者たち兄妹を待っていたのは「両親の離婚」という現実だった。当時の筆者には「離婚」の意味が分からず、「離婚って何なん?」と何度も質問した覚えがある。
筆者の問いに対し、「パパとママはもう一緒に暮らせんってことよ」と母が返事をしていた。
「何でパパとママは一緒に暮らせんのん?」
「仲良しじゃなくなったんよ」
「何でなん?」
「大人には色々あるんよ。それで、パパとママのどっちと暮らすん?」
衝撃だった。離婚とやらが何かも分からないのに、父か母かどちらかを選べと言われたのだ。意味が分からず、「何で一緒に暮らせんのん?」と同じ質問を繰り返していた。
だが、母は「どちらかを選べ」と迫ってくる。何日も悩んだ末、小さな頭をフル回転させて出した筆者の答えは「パパと暮らしたい」だった。
だが、ここで問題となるのが兄の存在だ。筆者は父が大好きだったが、それ以上に兄のことが好きだった。兄と父のどちらかしか助けられないのなら、きっと筆者は迷わず兄を選ぶだろう。だからこそ、兄がいない場所で暮らすつもりはなかったのだ。
ところが、兄が出した答えは「ママに着いていく」というものだった。母に着いて行けば、転校しなくて良いからだという。筆者たちが暮らしていた島は、母の実家がある島だったので父だけが出て行くことになっていたのだ。
「……じゃあ私もママと暮らす」
大好きな父と離れることは非常に不本意だったが、筆者にとって兄がいない生活の方が嫌だった。大人になった今思い返すと、なんて残酷な選択をさせられたんだろうと思う。
『のび太の恐竜』を観るたび、のび太たちの大冒険に胸を躍らせると同時に、筆者と兄が送った夏休みを思い出す。残酷すぎる選択をさせられたからこそ、兄と過ごしたあの夏の日々は宝物のように残っている。


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